第6話



「世の中、案外生きていれば何とかなるっていうし。どうにかなるんじゃないか?」

「だが……家を追放されたのだろう? 家をあてにすることはできず、ステータスも低く冒険者も厳しい。追放されたとなれば、もちろん婿入りなどもなくなったはずだ」

「まあ、そうだな」


 俺も次男なので、関係を強めるための婚約などに使うこともできたはずだが、よほど父は俺に怒り心頭だったのだろうな。

 まあ、婿入りできたとしても俺の家から立場の弱い貴族だろうから、そこまでの価値はなかったのかもしれない。


「何かアテはあるのか?」

「……そうだな」


 思いだしてきた。

 ラグロフが俺のもとにやってきたのは、仕事の斡旋のためだ。

 ラグロフはラグロフの父に頼み、俺を何かしらの仕事で雇えるように交渉してくれたそうだ。


 その結果、俺は数十年の間、司書として生活していけたというわけだ。

 多少ステータスが上がっていたのは、休日などに冒険者としてどうにか生活できないかと苦悩した結果だ。

 俺は少し考えた後、ラグロフへと視線を向けた。


「冒険者をやろうと思ってる」


 俺がそう言うと、ラグロフは驚いたように目を見開いた。

 それからやや口早に言葉を続ける。


「だが、ステータスは低く、職業も微妙なのだろう? 危険だ」

 

 俺を心配しての言葉なのは分かっている。しかし、俺は首を横に振った。


「危険なのは分かってるけど、一応どうにかなるかもしれない手段もあるんだ」

「……本当なのか?」

「ああ。だから、そう心配しないでくれ。もしも本当に難しそうなら、その時は頼ってもいいか?」


 前世の俺は、この時にラグロフの提案を受け入れた。

 この時の前世の俺は、追放した家に対して、見返してやりたいという気持ちがあった。

 だが、現実問題として冒険者が厳しいことは分かっていたので、司書として生活しながら冒険者を片手間にやろうとした。


 しかし、司書の仕事だって大変だ。

 特に始めてからは仕事を覚えるので忙しく、冒険者なんてやっている暇がなかった。

 それでは駄目だ。


 ここが、もしも俺の知るような歴史をたどるのなら……ラグロフは世界の危機ともいえるSランク迷宮攻略時に命を落とす。

 その未来を変えるためには、俺も強くなって彼の隣に立つ必要がある。

 司書をしながらでは、強くなるのは難しい。

 安定した収入も羨ましいが、諦める他ない。


「……分かった。何か、協力できることがあれば屋敷に来てくれ。誰かしらに伝えてくれれば、オレのもとに届くようにしておこう」

「ありがとな」


 にこりと微笑むとラグロフも僅かに口元を緩めた。

 ラグロフが立ち去ろうと背中を向けて歩き出す。

 ……その背中を見ると、不安になる。彼の最後に見た背中と同じように見えてしまったからだ。


「ラグロフ!」

「……なんだ?」

「無茶だけは、するなよ」


 真剣な眼差しとともに、そういうとラグロフは足を止めてから呆れた様子で口を開く。


「それはこっちのセリフだ、馬鹿」

「いやいや、俺のセリフなんだって」


 ……何も知らないラグロフは、まさか自分が一年後に死ぬとは思っていないだろう。

 ラグロフは片手を小さくあげ、俺も別れの挨拶として手を振った。

 彼とは真逆の方向へと歩き出した俺は、改めて決意を固める。


 ……ここがどんな世界なのかは分からない。

 もしかしたら、本当はただただ長い夢を見ているだけなのかもしれない。

 だが、もしも本当に過去の自分に転生できたというのなら……。


 俺は、必ずラグロフを救いたいと思った。


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