第26話ゾンビと拠点探し


 なんて奴だ……。これが漫画なら、真っ赤になった乙成が手をブンブン回して俺に可愛らしく攻撃している絵が使われる所だろうが、実際は握った拳から中指を突出させて、確実に痛い所を突く攻撃を繰り出してくる。なんでそんな技を知っているんだ、乙成よ……


「変な事を言わないでください! さ、気を取り直して今日もまろ様チャージ、お願いいたします!」


「はい……」


 ******


「っくしゅん! やっぱり12月にもなると冷えますね……」


「そうだよな、流石に屋上で昼休み過ごすのはもうきついんじゃないか?」


 気が付いたら年の瀬。昼間でも日差しが届く内はまだ暖かいが、少し風が出てくると途端に冷える。現にさっきから蟹麿全集を持つ俺の手は、ページをめくる指に鈍い痛みが走っている。強ばる指先の感覚を取り戻す為に、何度も手をグーパーして血を通わせている始末だ。


「うーん……でも他にいい場所ありますかね? 暖も取れて静かな所って……いっその事、執務室でやるのはどうですか?! みんなきっと気にしないですよ!」


「それだけは勘弁してくれ後生だから。お前は俺を社会的に抹殺したいのか」


「そんな!!! それじゃまるでまろ様が恥ずかしい存在みたいじゃないですか!!」


 ブワッ


 まただ! また乙成のレイジモードが発動してしまった。髪が逆立ち、心なしか目が血走っている。額には今にもはち切れ血が吹き出そうな血管がいくつも張り巡らされているし……顔半分が治って、ちょっとゾンビ感が抜けたと思ったのに……さっきの一本拳といい、なんかもう、ゾンビというより格闘漫画に出てくる人外キャラみたいだもん。


「ち、違うって! そういう意味じゃない!! と、とにかく! 執務室はなし! 他を探そう!」


 こうして俺は怒れる乙成をなんとか宥めすかして、一緒に俺達の新しい拠点を探す事にした。


「さっき仕事中に紙で指を切っちゃったんですよね……痛い……」


 屋上からの階段を降りている途中、乙成は先程負傷した指先の小さな切り傷を擦りながら眉間に皺を寄せていた。


「ゾンビなのに痛みあるんだ」


「し、失礼ですね!! 人を化け物みたいに!」


 いや化け物だろとは、口が裂けても言えない。言ったらまたレイジモードになるのが分かっていたし、一応乙成は女の子。ちょっとは気を使ってあげないとな。


「でも前に顔の傷は痛くないって言ってたからさ……」


「多分ですけど、自らが腐敗し爛れていくのは平気でも、外的要因の怪我は普通の人と同じ様に痛いんだと思います!」


 よく分からんがその理論で言うと、乙成は半分人間、半分ゾンビという事になるのか? 半妖ならぬ、半ゾンか……なんかかっこ悪いな。


「あ! 前田さん!! ここなんてどうでしょう?」


 俺がくだらない事を考えている間に、乙成は俺達の次なる拠点を見つけた様だ。


 そこは俺達の執務室のある階の一つ上。ほぼ倉庫となっている空間だ。過去のイベントで使った販促物やポスターなんかがここに置かれている。その中の一室、扉で遮られた小部屋に、乙成はなんの躊躇もなく入っていく。


「あ、おい……ここ入っていい所なのか? 薄暗いしなんかヤバそうだけど……」


「平気ですって! 思ったより埃はないですね……人が出入りしてるのかな?」


 窓の無い、両側に高いキャビネットが置かれた細長い部屋。ただでさえ狭苦しいのに、キャビネットの手前にダンボールなんかも積まれて更に圧迫感がある。

 俺は、ずいずい奥に進む乙成に遅れを取らない様にダンボールの隙間を縫って前に進み出た。


「あ! あの奥! デスクと椅子がありますよ!」


「え? どこどこ? って、わぁ!」


 その時、不意に出てきた何かに俺の足が引っかかって、前を歩く乙成を巻き込んで盛大にコケた。


「きゃっ!」

 

 

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