第109話特攻(ぶっこみ)のリン
「リン、こんな所で何やってるんだよ?」
俺の会社の前でウロウロしていたリンを捕まえて俺は理由を聞いた。スーツを着た、うだつの上がらないサラリーマンと、端からみたらモデルにも見える女の子。いや、本当は男だけども。
こんな朝から交わる事のなさそうな二人が一緒にいる事もあってか、なんだか妙に周りの視線が痛い気がする。俺は、人目を避ける為にリンをわき道に連れ込んだ。
「ちょ、痛いって! なんなの兄貴!?」
「お前こそ、春休みだからってなんで朝っぱらから俺の会社の前にいるんだよ?」
腰に手をあてて、不満そうに俺の方を見るリン。だ、だってなんかみんな変な目で見てたんだもん……多分兄弟だとは思われてなかったから、俺が若い子に手を出したみたいな感じでさ……気まずいじゃん。
「兄貴が言ったんじゃん! あいりんと話をしてって! それで俺、ここまで来たんだよ?」
確かに、バレンタインの時に言った気がする。仲直りしろって。いや、だからって……
「朝から会社に来る事ないだろ」
「だあってえ! 俺最近忙しいの! 兄貴も知ってるでしょ?」
「あ……」
そうか、こいつはホワイトデーのお返しに、毎日色んな女の子とデートしてるんだっけ。本当に、こいつと周りの女の子達の倫理観は一体どうなっているのだと気になる所ではあるが、俺が何を言っても仕方のない事。リンは今、大学生だ。俺にはマジで縁の無かったキャンパスライフをエンジョイしているのだろう。実に腹立たしい。
「でも、いざ会社の前に来たらなんか緊張しちゃって……やっぱりあいりんと話すの、ちょっとまだ早いかな? なんて思っちゃったんだよねえ……」
指をもじもじとさせながら、徐々に声が小さくなっていくリン。まあ確かに、振られた相手に会うのだ。多少は気まずさがあって当然だろう。
「お前、まだ乙成の事……」
「え?! 違うよ!! それはマジでもう吹っ切れたから大丈夫なんだけど、俺さ、振られた事ないからどうやって話したらいいのか分かんないんだよねえ……」
振られた事ないって……あれ? なんか俺、こいつの事嫌いになりそう。いや確かに子供の頃から、リンに言い寄ってくる女の子達を腐る程見てきたけどさ? 幼稚園の頃なんか、押しの強い子に腕引っ張られて何処かへ連れて行かれそうになってる所を助けた事もあるし? なんだろうこの感じ……兄弟なのにすっごい勢いで負けた感がある……
「はあ……じゃあ何処かでメシとか食いながら話したら良いんじゃないの?」
「! それだ!!! 兄貴いい事言うじゃん! それで行こうよ! じゃあ早速明日、ご飯食べに行こーよ!」
「え!? 明日?!」
明日はホワイトデーだ。俺が必死の思いで用意したプレゼントを渡す日。そして、乙成への想いを伝える大事な日でもある。
「なんで明日なんだよ? 明日は、ほ、ホワイトデーだぞ?」
「俺、明日しかデートの予定入ってない日がないの! 公平性を保つ為に、その日は誰ともデートしないって決めてるの! 常識でしょ?」
「いや知らんし!」
「とにかく!! 俺は明日しか空いてないから、あいりんを誘っておいてよ! 三人で仲良くご飯食べよ? ねね、お願い!」
ぐ……ここで無理だと突き放す事は簡単だ。しかし、流石末っ子。俺のお兄ちゃん気質をよく理解しているのか、こうやって強引にお願いされると聞いてあげたくなっちゃう性格を知り尽くしている。昔っからそうなんだよリンは。何度この手を使われて、出されたおやつを交換してやったり、漫画の新刊を先に読ませてあげたりした事か。
「わかったよ……」
「わあーい! さっすが兄貴! 大好き!」
「くっつくな!」
奇しくも俺のホワイトデー告白大作戦は、早くも頓挫しそうな予感がしてきた。
******
「え? リンちゃんが?」
昼休み。いつもの追い出し部屋で、俺は乙成に今朝の出来事を話してご飯に誘った。乙成としても、リンと話がしたいとずっと言っていたのだ、きっとこの話に、喜んで行くと言ってくれると思っていたのに、なんだか微妙な表情……どうしたんだ?
「リンと会うの、やだ?」
「まさか!! 私もリンちゃんとお話したいって思っていたんですよ! でも明日か……」
どうやら明日というのがネックになっている様だ。明日はホワイトデー。俺だって不本意だが、リンがこの日しか空いていないと言うのだから仕方がない。
てか、乙成明日予定あんの? え、ホワイトデーなんだが?
「明日、予定あるとか?」
「はい……実は明日、母達と焼き肉を食べに行こうって話になってて……毎年何故かホワイトデーに焼き肉に行くんですよねー。でも困ったな……リンちゃん、明日しか予定空いてないなら明日にしてあげたいし……うーん」
頭を抱えて悩む乙成。てかホワイトデーに家族と焼き肉って……。ほんの一瞬でも、俺との為に予定を空けておきたいのかな? なんて思った俺が恥ずかしいじゃないか! 良かった、口に出さなくて。
「そっか! 一緒にご飯食べれば良いんですよ!」
「へ?」
閃いた! とばかりに手をポンと叩いて顔をあげる乙成。一緒にって……まさか。
「美作さん達と焼き肉食うって事?」
「はい! きっと母達も、人数が増えて楽しいと思います!」
「それは俺も一緒に?」
「もちろん! 前田さん、焼き肉お好きですか? きっと楽しいですよ!」
そうと決まれば行動の早い乙成。早速麗香さんに連絡して、予約の人数を変更してもらう様だ。
「楽しみですねっ! みんなで焼き肉パーティ♪」
予約の変更が出来たらしく、満面の笑顔を向ける乙成。彼女が嬉しそうにするのは何よりだが、みんな少し忘れてないか?
みんなして何事もなく明日の予定をぶっ込んでるけどさあ、俺だってちゃんとしたシチュエーションでお返し渡したいんだが!!
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