第108話店員さん…!

 俺が今、一番乙成にあげたいもの。それは先日見つけた、あのブレスレットだ。



 あの時の店員さんの言葉を思い出す。


"このブレスレットは、普段気丈に振る舞う、優しくて可憐な方に待っていて欲しい、それこそ過去の不安を取り払って、これからも笑顔を見せていって欲しい方にぴったりなジュエリーだと思います"



 これ以上の贈り物はないと思う。乙成から過去の話を聞いた後なら尚更だ。俺はあの店員さんの言葉通り、彼女にブレスレットを渡すんだ!


 売り場は2階、すでに気持ちだけが先走る。まだ残っているだろうか? たくさん在庫抱えてる様な種類の物じゃなかったもんな? これで売り切れてたら泣くんだけど。


 俺は急ぎ足で売り場まで向かった。明るい照明の店内に、ありとあらゆるホワイトデーのお返し達。雑貨やお菓子やらがある中で、俺の目当ては売り場の少し奥にある、ショーケースに入った少しお高めのコーナーだ。この辺りから商品の単価がグンと跳ね上がる。


 そのショーケースの中でも更に端っこ。有名ブランドの影でひっそりと売られていた、あのブレスレット。


「ここだ……あ……」


 駆け寄ってショーケースの中を確認する。キラキラと輝く色とりどりのジュエリー達。しかしその中に、俺が求めているブレスレットはなかった。


「うそ……売り切れちゃった……?」



「前田様」



 俺がショーケースの前でうなだれていると、先日のクセ強店員さんが小気味よい靴音を響かせてやって来た。今日も派手だが素敵だ。


「店員さん……あの、この前のブレスレット……」



 俺が言い終わる前に、店員さんはおもむろにしゃがみ込んで、ショーケースの下の棚を何やらゴソゴソしている。


「!! これ……!」



 店員さんが取り出してきたのは、まさに俺が求めていたブレスレットだった。


「ずっと展示していると、酸化してくすんでしまうんですよ。なのでには少しお休みしてもらって、磨いておきました。それに、あなたがもう一度来てくれる様な気がしたので」


 そう言ってパチリとウインクをして、渋い笑みを浮かべる店員さん。あんた本当に日本人かよ。そんな色気のある表情、どこで覚えて来たんだ? 好き。


「あ、ありがとうございます……!」


「先日拝見した時は、何処か迷いのある様子でしたが、どうやら決心がついた様ですね?」


 店員さんはブレスレットを丁寧に梱包しながら、俺の決意のこもった顔を見てそう言った。


「わかりますか?!」


「ええ。きっと、が前田様の背中を押してくれると思いますよ」


 て、店員さん……!!! なんなんだよあんた! 口説いてる? え、これもう俺の事口説いてない?! 本来の目的を忘れそうになるんだけど。



 丁寧な梱包を見守る俺。小さな紙袋に、あのブレスレットを入れた小さな箱が収められる。紙袋の取っ手に、サービスで綺麗なリボンまで付けてくれた。リボンの結び方まで完璧じゃないか。あと、よく見たらネイルもしてる。そんな綺麗な手、俺見た事ないよ……。


「あなたと、その素敵なパートナーに」


 店員さんは最後に素敵な言葉をかけて、俺を送りだしてくれた。後ろ髪を引かれる思いで振り返ると、店員さんは外国人のお客さんに話しかけられていた。微かに聞こえた感じだと、店員さんも流暢な英語で彼らに対応していて、そのスマートさに改めて感心してしまった。何度お礼を言っても足りない、俺はあの人に一生感謝しないとな。



 翌日。俺は決意を胸に、今日も出勤する。ちなみに、ホワイトデーは明日だ。なんとかお返しが間に合って良かった。明日、乙成にこのブレスレットを渡すんだ。そして、俺の気持ちも一緒に……。



「あれ?」


 俺の会社の前を挙動不審にウロウロしている人がいる。金髪に厚底ブーツ、まだ肌寒い3月の陽気をもろともしないミニスカート。


 あれはまさしく……


「リン!」


「あ! 兄貴ー! やっと知ってる人に会えたーーー!」


 

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