第67話番外編 アンデッドな彼女inアメリカ その2
アサギリも若者達も帰った後、俺の店にはまた静寂が訪れた。俺は、退屈を紛らわす為にテレビをつける。ニュースはやはり、今だ収束の目処がつかない都市の話で持ちきりだ。
「傘」の恩恵を受けたかつての小さな田舎町は、今ではすっかり大都市だ。そんな大都市で起きた事件は、近隣地域だけでなく世界中の注目を集めた。見てみろ、都市の宣伝マスコットであるアライグマくんの人形も、心なしか悲しそうな顔をしてテレビに映っている。
俺は、すっかり乾燥しちまった残りのパストラミビーフサンドを口に放り込み、それをコーラで流した。指に付いたマスタードを綺麗に舐め取る。と、そこへ誰かが店の扉を開けて入ってきた。
「あのう……すみません」
「はいはい……いらっしゃい……って、ええ?!」
扉を開けて入ってきた人物を見た瞬間、俺は驚きのあまりレジのカウンターから身を乗り出してしまった。
そこにいたのは漫画やゲームで見るようなゾンビだった。肌は浅黒く、全身はボロボロ。その姿でも女だとはわかるが、髪の毛もバサバサで、今にも飛び掛かってきそうだ。
「薬を……売っていただきたいんです。ちょっと風邪気味で……」
「いやいや! 風邪気味ってよりもっとヤバい事になってるだろ?! お前さてはアレだな?! 今もニュースでやってる!! 畜生! こんなとこまで来ねえとばかり思ってた俺が馬鹿だったぜ!」
俺は素早くレジの引き出しにしまってあるピストルを手にとった。念の為で入れてあるだけで使った事はない。ピストルを持つ手が震えた。
よくある映画のワンシーンだ。大抵、主人公達が最初に出会った人物が最初の犠牲者になる確率が高い。さっきの若者達が主役なら、雑貨屋の親父である俺は真っ先に殺されちまう。なんてこった! まだこんな所で死ぬわけにはいかないぜ!
「あ! 待ってください撃たないで! 私は怪しい者じゃありません!」
「うるせぇ! ゾンビなんだろあんた?! 噛まれたら俺にも感染っちまう! 動いたら撃ってやるからな!」
と、ここで重大な失態に気が付いた。なんと弾が装填されていなかった。こんな田舎町で銃撃戦になる事なんて想定していなかったから、買ったっきりで何もしていなかったのだ。つくづくバカだ俺は!
「落ち着いて。私は確かに、先の騒動でウイルスに感染しましたが、この通り自我を保ち、進行を抑えられています。当然、人を襲う様な衝動にも駆られていません」
「な、なんなんだよあんた……俺にどうしろって……」
「ですから、薬を売っていただければすぐにここから出ていきます。お金は持っています、どうか……」
女が言いかけた所で、急に外が騒がしくなった。見るとパトカーが一台、店の扉の近くに横付けして停まっている。あのパトカーはタキグチ保安官の物だ。
「もう追手が?!」
「え、追手ってなんだ?! おいあんた、誰かに追われてるのか?!」
「失礼! 奥の倉庫、お借りします!」
言うが早いか、女は走って店の奥にある倉庫に入って行ってしまった。残された俺はただ動揺するしかない。一体何が起こっているんだ?
「よおマエダ! お邪魔するぜぇ」
「タキグチ保安官! 何かあったんで?」
「いやあ、都市のゾンビ騒動で、なんでももうこの辺りまでゾンビ化の波が来てるみたいなんだよ。だから上からの指示でさ、怪しい奴がウロウロしてないか見周れって。ったく、ボスも人使いが荒いぜ。ってことで、ちょっと店内も見させてもらうよ。どうせこの店は客なんて滅多に来ないから、見るだけ無駄だとは思うがな、うひゃひゃ!」
タキグチ保安官はそう言うと、ジロジロと店内をゆっくり歩きながら見て周る。長い付き合いだが、この威圧的な態度はどうも気に入らない。次に何かふざけた事を言ったら、前にそこら辺で買った娼婦から病気を貰った事をみんなにバラしてやる。
「おい、見るのはいいが、勝手に商品を動かすなよ?」
「分かってるって兄弟! しかしあれだな、ここはドーナツを置いていないのが良くない。ドーナツとコーヒーを出すなら、オレなら毎日でも通うね」
タキグチ保安官はそう言いながら、店内の商品を不必要に手に取っては戻してみたりしていた。腰には立派なピストルが光る。大股で歩きながら、ある扉の前で急に立ち止まった。
「ここは?」
タキグチ保安官が立ち止まったのは、先程のゾンビ女が隠れた倉庫の扉の前だ。
「あ、そこは倉庫だよ」
「ここも一応、確認しておくか。お? なんだ鍵がかかっているじゃないか。鍵はあるか?」
タキグチ保安官は俺の方をゆっくり振り返る。レジの引き出しに倉庫の鍵は入れてあるが、今扉を開けられるのはマズイ。中にはあの女がいるからだ。
ゾンビを匿っているなんて知れたら、俺はきっと逮捕される。こんな小さな町で、ブタ箱に入れられたなんて噂はすぐにみんなの耳に入る。おまけに俺は童貞だ。野郎だらけのブタ箱に放り込まれて、そこで一生を終えるなんざ御免だね!
「鍵を」
タキグチ保安官のいつになく真剣な表情。俺の腹の内を読まれている様だ。
どうする? 渡すか……?
チャリ……
俺は考えた挙げ句、タキグチ保安官に鍵を手渡した。ここで抵抗しても怪しまれるだけだ。なんとか奇跡が重なって、あの女が居なくなっている事を願った。
カチャ
「これって……おいおいマジかよ?!」
そんな奇跡は起こらなかったか……俺は覚悟を決めた。買収と腐敗が横行する刑務所で、臭い飯を食いながら、全身にタトゥーを入れた、元マフィアのボスに良いようにコキ使われる人生……場合によっちゃ、掘られる覚悟も決めなきゃならない。全て終わった。
「マエダ! お前ついに女房を見つけたんだな!」
「は?」
「なんだよ兄弟、結構可愛い子じゃないか! こんな倉庫に隠すなんて、お前も人が悪いな! はじめまして、オレはこの町の保安官、タキグチだ」
「アイリと言います。マエダさんとは以前からお付き合いをしていて……この度、晴れて夫婦となりました」
え……
ええええええええ?!
どどど、どういう事?!
「やあアイリさん! よろしく! こうしちゃいられない! 早速町に戻ってみんなに知らせないと! マエダ! 今日はみんなの奢りだ! 飲みに行くぞ!」
「え?! あ、えっ!?」
俺が動揺していう内に、タキグチ保安官は急いでパトカーに乗って去って行った。この世界線でも、ちゃんとタキグチさんはアホだった……残されたのは俺と、アイリと名乗る女ゾンビだけ。
「おいあんた……なんで嘘を?」
「てへ☆ 苦しい嘘かなって思ってたけど、案外信じてもらえた様です! せっかくなので、しばらくここに居させてもらいますね!
「え、ええええええええええ?!?!?!」
こうして、俺の平穏な日常は崩壊した。
ゾンビと夫婦の契りを交わした俺。目の前にはセリフに☆をつけておどけるゾンビ。
何か事情があってこの町にやってきたらしいが、その理由は分からない。
ただ、よくある漫画やゲームに出てくるゾンビとは、この女は確かに違う。普通に会話し、自我があり、たまにおどける。
これはある田舎町で起きた、ゾンビと雑貨屋店主の、不思議な同棲生活の物語である。
続く……?
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