第66話番外編 アンデッドな彼女inアメリカ
ここはとある田舎町。
年中土煙が舞っていて、観光客なんかも滅多に来ない。訪れる人間なんざ、町の外れにあるガソリンスタンド目当てに立ち寄る長距離ドライバーか、この先のキャンプ場に夏休みを利用してどんちゃん騒ぎをしに来た若者くらいだ。
住人の多くは、この小さい町の周辺から出た事がなく、どんな些細な噂もすぐに広まる。
俺、マエダはそんな面白くもなんともない田舎町のガソリンスタンドで働く男だ。ここはガソリンだけじゃなく、食料品に酒、煙草や薬なんかの雑貨も置いてある。
なんか薄っすら、元は日本人だった様な気がしているが、俺は日本には行った事がない。日本にはニンジャがいるらしいな、それにステーキを箸で食うんだって? 全くイカれた奴らだぜハハハ!
さて、今日も店番をしながら今朝作ったオールパストラミビーフサンドでも食うか。肉屋のマーサが作ったパストラミビーフは絶品だ。野菜? そんなものは入っていない。付け合わせにコーラとポテトチップスで栄養満点の食事になるからな。
ヨレたチェックのネルシャツを腕まくりしてから、レジカウンターにある俺の特等席にドッカと座る。そして売り物の新聞を手にとってオールパストラミビーフサンドにかぶりついた。
今日の新聞の一面を飾るのは、ここ数ヶ月話題になっている、謎のウイルスによって都市が壊滅状態になっているという記事だ。数ヶ月前、突如として人が喰い殺されるという猟奇事件が勃発し、瞬く間にその規模が都市全体へと拡がったのだそうだ。
その背景にはアンブレ……株式会社「傘」が関係しているとかなんとかって、根も葉もない憶測記事が飛び交っている。
まぁ、正直、ここはその都市からはだいぶ離れているし、今のところ町で突如として人が暴れ出したりなんて事は聞かない。大方、都会で流行っている薬物による副作用か何かだろう。フィラデルフィア辺りでは珍しい話じゃない。そんな漫画やゲームじゃあるまいし、人がゾンビみたいになって町を彷徨うなんて事は起こり得ないしな。
「まーた仕事サボってるの? 雑貨屋の店主は暇で良いわよねぇ」
「やぁこれはこれはミス・アサギリ! 今日はお休みで?」
ふらふらと店内に入って来た女性アサギリ。彼女は隣町にある精肉工場で事務員をしている。真面目で町の行事にも積極的に参加するが、今だに独身だ。
彼女がこうやって店を訪れる時は、決まって朝まで酒を飲んだ後だ。ここで薬やら菓子をいくつか買っていく。今日も仕事が休みとあって、朝まで酒を飲んでいたのだろう。酷い顔だ。
「あんまり飲み過ぎるなって、また補導されちまうぞ」
「飲みたくもなるわよ、職場で変な男に好かれちゃってね、トーマスって言ったかな? 無口で大柄な男で、いつもマスクで顔を覆っているの。気味が悪いわ」
「でも真面目なんだろ? 真面目ならそれでいいじゃないか。保安官との事を忘れられるいい機会だ」
「ああ、もう! タキグチの話はよして。あいつの事はもう忘れたのよ」
そう言うと、アサギリは大げさに目をむいてウンザリしたように溜息をもらした。
アサギリは町の保安官タキグチと一時期いい間柄になっていた。しかし隣町にも女を作っている事が発覚して敢え無く破綻した。
隣町の精肉工場といえば、この辺りでは安定した職場だ。その男が、年中醜い顔を隠すためにマスクをしていようが、そんな事は問題にはならない。そいつがチェーンソーを持って人を襲ったり、イカれた家族と同居して、毎晩人肉を食っている様なら話は別だが。
そんな世間話をしていると、店に若者が入ってきた。大方、この近くのキャンプ場に遊びに来た都会の若者達だろう。親が居ないのをいい事に、酒を飲んでハッパやって湖の畔でいかがわしい事をするんだ。
「いい気なものよね〜都会ではゾンビが蔓延って大変だってのに」
アサギリがレジのカウンターに体をもたれて若者達を睨みつける。若い連中が嫌いみたいだ。
「まぁあの手の奴らは、ゾンビに殺されるより、ホッケーマスクを着けた大柄な男にメッタメタにやられるのがオチだよ。ほら、あそこのカップルなんて、テントで致してる時に殺されそうな顔してる。あのアジア系は……中盤で殺されるな」
俺達は聞こえないのをいい事に、コソコソと若者をバカにしてほくそ笑んでいた。
そう、これが俺の日常だった。
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