第9話ゾンビと降り立つ池袋 その2

「か〜わ〜い〜い〜」


 パシャ


 パシャ


「……」


「本当に食べちゃうの勿体ないです〜」


 パシャ


「……いつまで撮ってんの?」


 ポップアップストアを出た俺達は、乙成が行きたいと言う場所を巡りに巡った。

 まず、アニメやゲームのグッズが置いてあるビル丸ごとオタクの為にあるショップの本店。そこでは全ての階を順にくまなく見て回った。

 次にそのショップの隣にあるビルの二階、中古グッズショップ。過去のキャラクターグッズを中古で販売している所だ。そこでも乙成は俺に、この蟹麿はどの時のグッズかと懇懇と説明して聞かせた。


 そして、今に至る。

 

 俺達の前には中々のボリュームのパフェが置かれていて、男性の従業員と俺以外は全員女子しかいないビルの二階のカフェで、乙成が前から食べてみたかったという星座パフェなるものを一緒に食わされている。


「っは! そうでした! 可愛いからつい夢中になっちゃって……」


 そう言うと、乙成はほっぺたにクリームを付けながら美味そうに食べ始めた。俺もノリで頼んでしまったが、見ているだけでもたれそうなボリュームに、早くも心が挫けそうだった。


「前田さん、食べきれなかったら言ってください! 私、甘い物ならいくらでも入るんです!」

 

「ぜ、善処します」


 しかし、本当に美味そうに食うな。こんなに美味そうに食うなら、店員のお兄さんも思わずニッコリしてしまう事だろう。俺も頑張って食べねば。俺もニッコリしてもらいたい。


「てか、射手座のパフェ頼んでるけど、乙成って射手座なんだな」


 俺も俺で、口にクリームを付けながら乙成に聞いた。最初こそなんかビビったけど、意外といけるわこれ。


「はい、11月23日です。それも運命的な事に、まろ様の誕生日が24日で、私と一日違いなんですよ!」


「え、そうなの? あいつ蟹座じゃないんだ……」


「そこまで蟹で統一してたらちょっとシラケますからね」


 そういうもんか? よく分からんが、乙成がそう言うなら、そういうもんなのだろう。それ以上はツッコまなくて良いだろう、面倒くさいし。


「てか、23日なら来月じゃん! お祝いしないの?」


 コト………


 突然、乙成が持っているスプーンを置いた。


「え? 俺、何か言った?」


「いいんです……私の誕生日なんて……ただ年を重ねるだけのイベントですから……でも!!!!」


 バン!


 いきなり何かと思えば、乙成はテーブルに両手を勢いよくついて立ち上がった。


「推しの誕生日は別!!! 今年はこの日の為に、有給休暇も取りました! 去年を上回る程豪勢にするって決めてるんです! まず、まろ様への愛を込めた手作りケーキに、超豪華な食事! 作成中のを愛でながら、一日中アニメをかけ流す……水瀬カイトさんの過去の配信アーカイブを見て、まろ様がこの世に居るという奇跡を感じるのです!」


「乙成、みんな見てるぞ」


 流石の乙成も恥ずかしかったのか、こちらをジロジロ見てクスクスと笑っている女性達に、赤い(?)顔して軽く会釈すると、静かに席についた。


「あと、ぬいまろって何だ? 俺に分からない言葉で話さないでくれ」


「あ! そうでした、いや失礼しました! ぬいまろは、私が絶賛制作中のまろ様ぬいぐるみの事です! 私、昔から細かい作業とか得意で、推しキャラを制作している人達のSNSを見ている内に、自分でも作ってみたくなったんです! なんとかまろ様の誕生日までに完成させないといけなくって……」


 そう言うと、乙成は自身のスマホの画像を見せてきた。そこには、作りかけのぬいぐるみの残がいの様な物が写っている。今の時点では、気が触れたファンの所業の様になっているホラー画像だが、所々に見える服や、手の縫製なんかは、確かに自称するだけあって上手いものだ。


「完成したら、一番に前田さんにお見せしますね!」


「はは……それはどうも」


「前田さんは牡牛座を頼んでいたって事は、5月生まれとかなんですか?」


「4月29日だよ」


 パフェを頼む時、ちゃっかり自分の星座のパフェを注文してしまった事に気恥ずかしさを感じた事を思い出して、また少し恥ずかしくなった。いや、言い訳とかじゃないけど、この中でも特に美味しそうに見えただけだから! 待っている間に出された、ペーパーナプキンに書いてある恋愛の傾向とアドバイスとか真剣に読んだりしてないから。


「なるほど〜」カキカキ


 突然手帳を取り出した乙成は、4月の欄に俺の誕生日を丁寧な文字で書き入れた。ご丁寧にシールまで貼って。


「俺の誕生日まで抑えておかなくていいよ」


「何言ってるんですか! ちゃんとお祝いしないと!」


 自分の誕生日の事は、ただ年を重ねるだけのイベントだって言っていたくせに、人の誕生日は祝いたがるんだな。


「まだ半年くらいあるから、色々計画を練られますね……ふふふ、楽しみにしてて下さい」


「その角度の顔怖いからやめてって! 夢に出そう!」

 

 結局、後半は胃もたれを起こしてギブアップした俺の代わりに乙成が全て平らげてくれた。甘い物ならいくらでも入るという言葉は、どうやらハッタリではなかった様だ。本人はパフェだけじゃなく、まだ店を回れると豪語していたが、一日中歩き回ってヘロヘロになってきた所だったし、俺のHPも限界を迎えそうだったので、そろそろ帰る運びとなった。


「前田さん、今日は付き合ってくれてありがとうございました。とっても楽しかったです!」


 店を出るなり、乙成は俺にすぐ今日のお礼を言った。駅まで歩く道すがら、一際眩しく輝く夕日が町をオレンジ色に染め上げる。ふと隣に目をやると、そんな町の景色をバックに乙成は気の抜けた様な笑顔で俺に笑いかけていた。不覚にも、何故か俺は一瞬、ドキッとしてしまった。


「それなら良かった。でも、なんで俺を誘ったの?」


「そりゃあもちろん、まろ様の事をよく知ってもらいたいから! ってのもありますけど、なんかこーゆうのやってみたかったんです」


「こーゆうの?」


「私、ネットでは同じ趣味の人達とお話したりするんですけど、リアルで同じ物を好きな人とワイワイした事ないんです。だから一度、おんなじ時間を共有してみたかったんです」


 同じ物を好きって……俺は別に蟹麿推しではないが……って、ここでこんな事を言うのは無粋か。


「実際やってみてどうだった? 想像を超えた?」


「はい! とっても!!!」


 なんてキラキラした笑顔なんだ。うっかりゾンビだという事を忘れていた。

 夕焼けの光に溶けてしまいそうな弾ける笑顔を見ていると、自然と俺の頬も緩んでしまっていた。


 ******


「なんか前田さんに送ってもらうのがいつもの流れみたいになってますね」


「ちょっと暗くなってきたから、ね」


 もうすぐ乙成の家だ。少し名残り惜しく感じるのは、俺も今日は意外にも楽しかったという事だろう。


「あ、前田さん」


「え? 何?」


 家の前まで来た時、乙成が何やらスマホを取り出して俺を呼び止めた。


「番号、教えてくれませんか? 生の声じゃないけど、これならいつでもまろ様チャージが出来ると思うんです!」

 

「そう言えばそうだった」


「……よし! これでいつでもまろ様の声が聞けます! あ、電話は私からかけますね! かける前にメッセージ送るんで!」


「はいはい……ってか俺達、今日番号交換してなくて、よく待ち合わせ合流出来たよな? どっちも時間通りに来たから良かったものを……」


「確かにそうでしたね、でもいざとなったら昭和の古き良き時代みたいに、駅の掲示板とかに書き置きを残しておけば……!」


「この令和の時代に?! タイムトラベラーだと思われるよ!」


 俺のツッコミに、乙成はクスクスと笑った。


「でも私は、前田さんがちゃんと来るって分かってましたよ?」


「え? なんで?」


「それは……前田さんは、そういう人だからです!」


 そう言って、乙成はまたしても二階建てアパートの階段をパタパタと駆け上がって行ってしまった。最後にこちらを振り向いて手を振ると、扉の中へと消えてしまった。


「はぁ、ん? そういう人ってどういう事? ったく、なんか言葉足らずなんだよな、あいつ」


 こうして、三連休初日の土曜日は、俺に少しの楽しい思い出を残して終わって行った。


 

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