第98話ゾンビになった俺と、二人で〜アンデッドな彼女番外編〜

 目が覚めたら知らない所にいた。何処かの田舎の様だった。遠くに山々があり空気は澄み切っていて、山以外の障害物のない景色は、青い空をうんと高く見せていた。そんな田舎道の真ん中で、俺はどういう訳か倒れていた。舗装もされていない地面に長時間寝ていたせいで、全身が痛い。


 いつからここにいたのだろうか……全身が土まみれで気持ちが悪いし、辺りは妙に静かで少し不気味だ。



 そもそも、なんで俺はこんな所にいるんだ? 俺は乙成の家にいた筈。あの日、リンと乙成が二人でデートに行くと言って出かけたあの日だ。

 あの日俺は、具合の悪くなった乙成の看病の為に乙成の家に行った。そして、いつの間にか眠ってしまったんだ。



 う……! なんだ?! 急に頭が……! 突然の頭痛に襲われた俺は、頭をおさえて俯いた。まるで、この後の記憶を思い出すのを拒むかの様だ。な、なにがあったんだっけ……?


 鋭い痛みを越えた後、ジワジワと痛みが引くのを待って俺はゆっくりあの後の出来事を思い出していた。


 そうだ。俺はあの日の朝、突如乱入してきた長身長髪の男に刺されたのだ。


 美作光太郎……乙成の母親の彼氏で、乙成に対して異常な執着をみせている変な男だ。俺はあの日、奴が持っていた刺身包丁で襲撃を受け、呆気なく倒れたのだ。


 最後に聞こえたのは乙成の声で、刺されて倒れる俺を見下し笑っていた美作さんの姿を覚えている。


 そしてそのまま意識が遠のいて……




 ?!



 あれ?! なんで俺、生きてるの?! 刺されて絶命した筈じゃ……?



「って、ええ?!」


 ここでようやく、俺は自分の身体に起きた異変に気が付いた。


 ボロボロの爪に不自然な肌の色。生まれてから今まで見てきた肌の色は失われ、今は生気を失った灰色をしている。腕には無数の傷があり、そのどれもがジュクジュクと赤黒い血でまみれていた。


 丁度近くに川が流れていたので、俺は慌てて川を覗き込んだ。透明で澄み切った川の水に反射した俺の顔は、口元が大きく裂けて半分腐りかけている、見るも無惨な形相をしていた。


「うそ……だろ?」




 そう、俺はゾンビになった。生前はもう少し艶のあった筈の髪の毛もバサバサで、着ていた服も何故かボロボロだ。目元は落ち窪んだ様に覇気のない、黒く力のない目になっている。いや、目元の覇気のなさは元々か? いやいや、もう少しキリッとはしていた筈だ。


 なんで……なんでこんな酷い姿に……? もっとかわゆい姿形をしていた筈なのに……。これじゃゾンビゲームで、町中で主人公を襲うモブのゾンビじゃん。固有の敵キャラじゃなくて汎用の見た目のやつ。覚えている人なら、こいつさっきのエリアにもいたよな? って感じで、どこにでも出現するモブゾンビだ。


 くそ……! せめてプレイヤーに認知してもらえる程度の見た目にしてくれればいいのに! ゾンビの世界でもモブなのかよ!



「しっかし……ここは一体どこなんだ? 辺りに畑が見えるって事は、人はいるんだよな?」


 ゾンビになっているのはよく分からないが納得するとして、分からないのは、なんで俺がこんな所にいるのかだ。

 さっきも言った様に、俺は乙成のアパートにいたのだ。乙成の家の周りはこんな田舎じゃない。ここは日本なのだろうが、日本の中でもかなりの田舎の部類に入る程の田舎だ。舗装もされていない道に、今時珍しい、というかあり得ないと思うが電線も電柱もない。都市開発が進んでいる地域では、電柱も電線も地中に埋めていると聞いた事がある。まさかここも? 田舎の古き良き景観を保つ為に、ハイテクなものは全て地下深くに埋めてあるとか? いやいやあり得ない。そこまで景観を守るって程、古い建物がある訳じゃないし、ただの田舎だ。なんの面白味もない、明らかに過疎化が進んでいるこんな所の景観なんかに気を使う程、この地域の責任者は暇ではないだろう。


「前田さん!」


 聞き馴染みのあるその声は、ゾンビになったショックで呆然とする俺の意識を現実に引き戻してくれた。


「乙成?! 風邪はもう大丈夫なのか?」


 こんな田舎の道の真ん中に佇むゾンビ二人。心なしか、俺の方がゾンビの進行度が進んでいる様にみえるのは気のせいだろうか……なんで俺だけこんな汚れてるの?



「はい、もうすっかり! それにしても、ついに前田さんもゾンビになっちゃったんですね!」


「ついにってなんだよ! 人の気も知らないで!」


 俺がゾンビになって動揺しているというのに、乙成は心配するどころか喜んでいる様にも見える。


「最初はびっくりすると思いますけど、じきに慣れますよ! 普段とそんなに変わらないですし!」


「あのなぁ……っていうか、ここは何処なんだ? 俺達は乙成の家にいた筈なのに……」


「それが私もよく分からなくて……私も目が覚めたらこの近くの草むらに倒れていたので。でもここの風景、何故か見覚えがあるのですよね……何処で見たんだろう……?」


 俺は硬い地面に野ざらしで倒れていたというのに、乙成は草むらのベッドで目が覚めた、と。この辺りでも俺との差に若干の不服を感じたが、今はそんな事より、ここが一体何処なのかだ。乙成は見覚えがあると言っているが、はたしてここは……。



「やっと姿を現したな。この地を穢す、悪の権化め」


 ザリ……と地面の土を踏み締める音と共に現れたのは、頭身が八つも九つもある、蟹麿率いる天網恢恢乙女綺譚のゲームキャラクター達だった。


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