第97話聖☆バレンタインデー

「や、やっぱり……そうなっちゃいますよね〜」



 このまま流そうとしたのか、乙成は観念した様にニヘラと笑って俺の方を見た。


「うん、だってなんて書いてあったのか気になるじゃん!」


「うーん……光太郎さんから取り返して、改めて自分で読み返してみたら、なんだか急に恥ずかしくなっちゃって……」



 そ、そんな恥ずかしい事を書いたのか?!そんなん聞いたらますます気になるじゃないか……! なんだ? なんて書いたんだ乙成……! 言え! 正直に言うんだ!!!



「でもせっかく俺の為に書いてくれたんだろ? その……読んでみたいな、乙成からの手紙……」



 今にも暴れ出しそうになって表に出てこようとしているもう一人の俺を抑えて、俺は表面上はスマートな感じを取り繕った。そう……暴れるな俺……! めちゃくちゃ気になるけど、ここでガツガツいくのは良くない!良くないんだ!!!!



 乙成は恥ずかしそうにモジモジしながら、着ているピンクのカーディガンのポケットから小さな便箋を取り出した。俺がこの前見たやつと同じ。ただ一つ違うのは、美作さん宛てに贈られた便箋には猫のシールが貼られていたのに対して、俺のは蟹だ。蟹は乙成にとって最も大事な存在。その蟹のシールが貼られているという事は、俺が大事な存在であるという事と同義だ。


 これは……かなり期待の出来る内容かもしれない。



「小さいメッセージカードなので、そんなにたくさんは書けませんでした……これ……どうぞ」


 おずおずと差し出された小さな便箋。それを受け取ろうとした所で、俺の中に一つ名案が浮かんでしまった。


「せっかくだから、乙成が読んでよ!」


「ええ?!」



 俺の急な思いつきに、驚いてオロオロする乙成。いつも俺は乙成の為に小っ恥ずかしいセリフを読み上げているのだ。ほんの少しだけ、いじわるしたってバチは当たらないだろう。


「良いじゃん、俺は乙成の口から聞きたい」


「うう……前田さんのいじわる……」



 普段人に恥ずかしいセリフを言わせる無茶振りをしている乙成だが、いざ自分がその立場になるとめっぽう弱いらしい。顔はどんどん真っ赤になっていくし、分かりやすく汗をかいている。俺はそんな彼女の姿を見て、なんだか凄く嬉しくなった。信じられるか? これでゾンビなんだぜ?



「え、ええと……前田、さんへ。いつも私の為に、素敵なまろ様の声を聞かせてくれてありがとうございます。以前は、まろ様の声を聞きたいと思っていたのに、最近は前田さんの声を聞きたいと思う様になりました。また私の為に、その声で……私の名前を呼んでくれたら嬉しいです。これからも仲良くしてください……!よ、読みましたよ?!も、もう勘弁してもらえませんか?!」



 ダラダラと汗をかいて、今にも倒れそうな程動揺している乙成。伏し目がちで視線を合わせてくれないが、今の言葉一つ一つに心がこもっていたのが伝わった。



 小さなメッセージカードを握りしめて立ち尽くす乙成。緊張の為か少し震えている様にも見える。俺は、そんな彼女の小さな手をとった。

 



「ありがとう、乙成の気持ちが聞けて嬉しいよ」


「ちゃ、ちゃんと伝わりましたか……?」



 俺の言葉に、不安気な表情で俺の顔を覗き込む乙成。手の中ですっぽり収まる小さな手から発せられる熱が、俺の手だけじゃなく心まで温かい気持ちにさせた。


「うん、すっごく。ありがとう乙成。また、聞かせるから。お前の為に」


「うう……その声でそんな事言うのは、反則です……」


 またしても視線を逸らして俯く乙成は、その小さな手で俺の手をギュッと握り返してきた。両手で握手している様な変な感じだけど、この距離感が心地良い。



 手なんて繋いだ事、何回もあるのに。今日のはなんだか特別だ。


 


 この子の為に、何度でも声を聞かせたい。



 何度でも名前を呼んであげたい。



 そしていつか……





「……始業のチャイム、鳴っちゃいましたね」


「うん、そうだな」


「遅刻になっちゃいますよ……?」


「うん」




 心臓がバクバクしてて騒がしい。何処かから、ふわりとチョコの香りがする気がした。それは乙成の持っていたメッセージカードからなのか、はたまた俺の勘違いか。この甘い余韻に浸りながら、俺の心には一つの決意が浮かんだ。




 出来たらいつか……




 いつかは俺の声で、本当の気持ちを伝えてあげたい。セリフなんかじゃない、本当の気持ち。



 ただ、それは今じゃなくて、別の機会だ。



 今言ったら乙成の言葉に便乗したみたいになるから。



 改めてちゃんと言おう。俺の言葉で。本当の気持ち。




 付き合って欲しいって。




 恥ずかしそうににっこり笑う乙成を見て、手に伝わる彼女の熱を感じながら、俺はそう誓ったのだった。

  



 

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