第96話思い込みの激しさと勘違いの多さは人一倍

 追い出し部屋の真ん中で、二人して立ったまま互いの顔を見合わせる。



 い、言うのか……? 俺は。いや、流石に今すぐ結婚だなんて気が早すぎるよな? だにしても、俺は乙成と話し合わないといけないのだ。



 二人の今後。彼女に早くも結婚という意識が芽生えているのなら、俺も覚悟を決めて、ちゃんと向き合わないといけない。俺は、クタクタになっている背広の襟をピシッと正して、ふぅと息を整えると、改めて乙成に向き直った。


 


「「結婚について二人で考えよう! / チョコ取り違えてしまいました!」」




 追い出し部屋にこだまする二つの声。その声が共鳴し、互いの声を見事にかき消した。




 ………………え? 今、なんて? 俺の声でよく聞こえなかった。取り違えたって言ってなかった? 何を? 赤子?

 



「私、前田さんにお渡しする筈のチョコを、間違えて光太郎さんに渡しちゃって……前田さんに光太郎さん宛てのチョコをお渡ししちゃったんです……本当にごめんなさい!!」



 今にも泣きそうな顔をする乙成。俺宛てのチョコを美作さんに? え、あれ? 俺は確かにチョコを受け取ったぞ? ん? 混乱してきた……。俺が美作さんで、美作さんが俺……?



「外側の包み紙を同じ物にしていた為に、全く気が付かず前田さんに光太郎さんの分をお渡ししてしまって……。光太郎さんがチョコを開けた時に気が付いて、すぐにメッセージカードは取り戻したのですが、とんでもない事をしてしまいました……」



 ようやく理解出来た。つまりあれは、俺宛てのチョコではなかったという訳か! そしてあのメッセージカードに書かれていた事も、俺じゃなく美作さんに贈った言葉……。



 



 やっべ。俺めちゃくちゃ勘違いしてんじゃん。



 は、はっず〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜



 じゃあ夕べから悶々と考えてた事はなんだったんだ? さっきなんて結婚生活の妄想までしたりして……! は、恥ずかしい……穴があったら入りたいとは、まさにこの事だ。なんだよ、ご飯にします? お風呂にします? それとも……だ。妄想にしてもベタ過ぎるし、結構痛い。これが童貞の想像力の限界だ。

 そして、こんなに想像力を働かせて、必死に結婚についてあれこれ考えた結果が、チョコを取り違えた事による勘違いだなんてな……。絶対に人に言えない……。多分、誰に言ってもバカにされる事間違いなしだ。



「あれ? 前田さんも今何か言いましたよね? ごめんなさい、同時に話したから聞こえなくって……なんて言いました?」



 あ、やっべ。なんて言ったかなんて、そんな事口が裂けても言えないよ!


 


「え、あーうん! そうそうその事!! あのメッセージカード見てさ、誰かと間違えたんじゃないかなーなんて思ったんだよね! おっかしいと思ったんだ! いきなり結婚式なんて言い出すから!」



 俺は精一杯笑顔を取り繕って、さっきの発言を乙成の記憶からかき消す様に言葉を重ねた。幸い聞こえていなかった様なので、俺のとんでもない勘違いに、彼女は生涯気が付く事はないだろう。


 それにしてもチョコを取り違えるなんて……もしかして、俺と美作さんは同列の扱いなのか? 俺だけ特別仕様のチョコだった訳じゃないのか……ちょっとだけショックだ。



「良かったです……! 前田さん、何か勘違いしてしまったのではないかと思って、昨日から気が気じゃなくって……」


「それで、そんなに暗い感じに?」


 乙成はコクンと小さく頷くと、灰色の肌をポッと赤く(?)染めた。


「だって前田さん、昨日は様子がおかしかったから……」



 あぁ……それはあれだ。チョコを失くして気が動転していたというか……昨日はとにかくその話題について流していたからな。もしかして、昨日中身を見たか確認してきたのは、取り違えた事を伝える為? だとしたら俺、結構バカなんじゃないか?



「とにかく、変な勘違いさせて本当にごめんなさい……! お詫びにお昼ご飯おごりますよ!」


「いや! 大丈夫だよ! 全っ然気にしてないし!!! ハハハ……! そっかあ! 美作さんと麗香さん、結婚するのかあ!! おめでたいよね! うん! 本当におめでたい!」



 俺は精一杯笑って誤魔化した。いやぁ、マジで俺達の事だなんて勘違いしたなんて……多分これはリンのせいだな。リンが変な事言ったからだよね! そうに決まってる。


「あ、そうなんです! まだ結婚式の日取りとかは決まってないんですけど、早くしなよって母に言っている所でして! その時は前田さんもお呼びしてもいいですか?」



「え、あ、ああ! その時は是非呼んでよ!! ちゃんとご祝儀持って行くから!! ハハハ……!」


 もうすっかりいつもの乙成だ。いつものニコニコ顔で結婚式はこんなんがいいだとか言って、楽しそうにキャッキャしている。


 良かった……すっかり元気になってくれて……本当に。





 あ、でも待てよ? 結局、俺へのメッセージカードになんて書いてあったか分からずじまいじゃん。



「乙成、俺へのメッセージカードって、なんて書いてあったの?」



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