第58話滝口センサー

 また店の奥から歓声が上がる。テキーラでも飲んでいるのか大盛りあがりだ。先程から器に何かを投げ込む様な、カラカラと軽い音がしているのが気になるが。俺はそんな歓声を他所に、滝口さんの告白に固まってしまった。


  俺はもうこの案件から手を引きたい。正直めんどくさいし、ややこし過ぎる。


「前田、そこでお前の意見を聞きたい。オレと朝霧さんってどうだ? いいと思うか?」


「いや……いいも何も……」


 ここはもう余計な事は何も言わないぞ。前にもこれで朝霧さんに余計な事を言って焚き付けてしまったのだから。

 でも、それならなんて言ったらいい? 朝霧さんは完全に滝口さんを敵と認識した様だし、正直この二人が上手くいくとは思えない。てかこの短い期間に色々とすれ違い過ぎだろ。


 でも昨日の朝霧さんの表情、それに今日会った時の、吹っ切れた様で少し寂しそうな笑顔を見た時に、なんとなくだけど、こんな終わり方をしてしまうのは嫌だったのではないかと思えて仕方がない。


「なんとなく、ですけど、朝霧さん少し悲しそうに見えましたよ、とりあえず謝った方がいいのではないかと思います」


 これはマジで本心だ。流石にこのままだと仕事に支障をきたすし、朝霧さんが可哀想だからな。


「そうだよな……うん、そうだ……」


 まただ。この前の朝霧さんに続き、今度は滝口さんがブツブツと独り言を言いながら自分の中で納得している。無言でおかわりを持ってきたまいにゃんにお礼を言うのも忘れて、だ。


「よっし! 分かった! 前田、ありがとうな。お前のお陰で、ようやく決心がついた」


 ん? 決心? 何の? てか、この流れも前にあった様な……


「え、滝口さん、何の決心なんですか?」


「決まっているだろ?、朝霧さんとこれからの二人について話し合うんだ」


 いやもういいってええええええ!!!


 俺は声には出さずに心の中で叫んだ。これまた俺が背中押しちゃった感じ?! もう! 不器用な人! なんで自分達で決められないのよ?!


 …………つい、いつもと口調が変わってしまったけれど、どうやら俺の一言で事態をややこしくしてしまった様だ。俺はもう意見を求められても余計な事を言ってはいけないな。もう絶対に言わない。意見を言わないと撃つぞって言われても答えるもんか。


「あとは、いつ話し合いの場を設けるかだな……」


「え、まさか俺がまた飲み会をセッティングする……とかじゃないですよね?」


「え? いやそこはオレがちゃんとするよ。一対一で朝霧さんとちゃんと向き合いたいんだ」


 滝口さんは真剣な面持ちで真っ直ぐ前を見据えながらビールを口に運ぶ。


 え……なんかちょっと格好良く見えちゃった……何急に男前みたいな事言ってんの?


 そんな時、また店の奥から歓声が上がった。てか、バーで何をそんなに大盛りあがりする事があるんだ? ここはしっぽり飲む場所なんじゃないのか?


「ちょー盛り上がってんね〜マジ酒強い」


 え? は? え? リンちゃん? ちょっと待て……なんか嫌な予感がする……


「あの子、最近入った子?」


 滝口さんがまいにゃんに尋ねた。俺は恐る恐る視線をバーの奥に移す。


 そこには俺の弟であり男の娘配信者であり絶賛乙成に恋しているリンがいた。

 リンはカウンターの内側で、目の前の男性客が小さな器に投げ込んだサイコロの目を見て一喜一憂している。所謂チンチロリンだ。なんで二十歳の大学生が、チンチロリンのルールを理解しているのかは謎だが、どうやら出た目の数で競って、負けた方がテキーラをあおっているらしい。今日のリンは黒い猫耳のカチューシャを付けて、毛先が内側にクルンとしている金髪のウィッグを着けている。全身黒っぽいフリフリの恰好をしていて、当然ながら色々出そうなくらいスカートが短い。


「まいの大学の友達なの! たまに店に遊びに来たついでにバイトしてるんだぁ。リンちゃん客に人気だから!」


 俺は両手で顔を覆って項垂れた。なんでこう、行く先ざきにリンがいるんだ……?


「ん? 前田どした?」


「あーーーー! 誰かと思ったら兄貴じゃん! こんなとこで何やってんのー?」


 リンが俺に気付いて大声で叫んだ。他の客も一斉に俺の方を見る。か、帰りたい……


「兄貴?」


「えー! レンレン、リンちゃんのお兄ちゃんなのー? 衝撃なんだけど。じゃあ、リンちゃんがなのも知ってるんだねー」


 レンレン……? あぁ、俺の事か。てか、なんでまいにゃんは俺の下の名前知ってんの? てか、滝口さんの事は呼び捨てなのに、俺の事はあだ名で呼ぶんだな。


「アレって?」


 滝口さんが、訳が分からんといった感じで首を傾げる。


「……あれは俺のです」

 

「あぁ、納得」


 何故か驚かない滝口さん。普通、この感じならもっと驚くかと思ったのに。まるでリンが男なの分かっていた様な口ぶりだ。


「え? 滝口さん、知ってたんすか?」


「前田、ここで一つ、はっきりさせとこう」


 急に滝口さんが真顔になった。この後に続く言葉がしょーもない事は分かっていたが、とりあえず滝口さんの話を聞く事にした。


「オレはな、何がとは言わんが、適齢期を迎えた女性は、たとえどんな女性でも絶対に一回は反応するんだ。だが、あの子には一切反応しない。正直見た目はめちゃくちゃ好みだが、一切反応しないんだ。ナニがとは言わんが」


「ナニの部分をカタカナにしないで下さい。やっぱりしょーもなかったわ。聞かなきゃ良かった……」


「ぉ二人レよ兄弟ナょωτ″すね! ぉー⊂″з、キτ″す」


「ん? もうるりたぬきちゃんは静かにしてて……」


 ややこしいい話し方をするるりたぬきちゃんと、本当にしょーもない事しか言わないバカ滝口さんは置いといて……


 ここ最近で一番、なんとなく会いたくない人物とこんな所で出くわしてしまった事に、俺の心はざわついていた。




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