第59話宣戦布告?
「兄貴もこんなとこ来るんだねー今日はあいりんいないのー?」
早速きた。リンなら絶対言うだろうなと思った言葉だ。俺はチラリとスマホを見る。まだ二十時半……未だ乙成から連絡はない。
「いや……乙成は……」
「え? もしかしてケンカでもしちゃったの?」
リンがカウンター越しにグッと距離を詰めて覗き込んでくる。俺は何故か反射的に目を逸らしてしまった。
「ち、違うって! ただ、ちょっと気まずくなったと言うか……」
歯切れの悪い俺の言葉に、リンは数秒考える様な間を置いた後にニタっと笑った。今日の衣装と相まって、ちょっと悪魔っぽかった。
「んー? どした前田? お前、乙成となんかあったの?」
「いや……滝口さんに言われたくないっす……」
「???」
滝口さんは全く分かっていなかったが、昨日の出来事のせいで気まずくなっているのだ。あの光景を見たら、誰だって俺と滝口さんがグルになって朝霧さんを貶めようとしていたと誤解するからな。
ん? でも朝霧さんは今日、乙成に必死に説得されたとか言ってたよな……? ってことは怒ってる訳じゃないのか? だとしたらなんで連絡がないんだ?
「兄貴も大変だねー。ねぇねぇ兄貴っ」
「え? な、なんだ?」
もう殆どカウンターに乗っかっている様な体勢のリン。カウンターの向こう側からなら、恐らくスカートの中が丸見えになっている事だろう。その体勢のまま、手招きしてくる。
近くまで寄ると分かる強い酒の匂い。何杯テキーラをあおったのか、いつもと様子の違うリンが少し怖かった。
「……あんまりグズグズしてると、俺がとっちゃうよ? いいの?」
小声で耳打ちするリンは、キラリと光る八重歯を見せ、いたずらっぽく笑いながら言った。その言葉を聞いた瞬間、俺の胸の奥の方がギュッと痛んだ。まるで俺の心臓を鷲掴みにされたみたいな、ドクンと嫌な感覚だった。
「リンちゃ〜〜〜ん! 早く戻ってきてよ〜!」
奥の席にいた酔っ払いが大声でリンを呼ぶ。リンは「はーい」と元気よく返事をして戻って行ってしまった。隣の滝口さんはまいにゃんと楽しくお喋りしているし、リンのいなくなった場所はポッカリと隙間が出来て、るりたぬきちゃんと俺のちょっと気まずい二人だけが残された。
パチリとるりたぬきちゃんと目が合う。褐色の肌に白に近い金髪がよく映えている。俺と目が合って少し困った様にはにかんで見せた。
俺、こんな所で何やってるんだろ……?
今日もずっとスマホ片手にチラチラ乙成からの連絡を待っているなんて……
「気レニナょゑナょʖˋ会レヽレニ彳テっナニʖˋレヽレヽー⊂思レヽますょ」(気になるなら会いに行ったらいいと思いますよ)
「え?」
あれ? 今なんか聞こえた様な……?
「女子、キナょʖˋ彳寺っτちゃ勺″乂τ″す。居ナょ<ナょっτカゝʖˋι″ゃぇ犀レヽτ″す。∠・/∠・/レよ惡レヽ人ι″ゃナょレヽー⊂思ぅカゝʖˋ、良レヽ人ー⊂上手<レヽっτレまιレヽ」
(好きなら待ってちゃダメです。居なくなってからじゃ遅いです。レンレンは悪い人じゃないと思うから、良い人と上手くいってほしい)
「嘘……分かる……! なんだか知らないけど、るりたぬきちゃんの言葉が分かるよ!!」
俺が驚いて立ち上がると、るりたぬきちゃんはニッコリ笑った。今までマジで何言ってるか分かんなかったのに、今の彼女の言葉は、一語一句聞き取れたから不思議だ。あと、敬語を使ってて好感がもてる。見た目で判断してごめんよ……
「俺、会いに行くべきだと思う?」
「もちзω!前ぇ隹ぁゑ@ゐナニ″ょっ」(もちろん! 前進あるのみだよっ)
るりたぬきちゃんの応援により、俺の中でしぼんでた気持ちが再び熱を取り戻した様だった。
「分かった……俺、行ってくるよ!」
「気を⊃レナτね!」(気をつけてね!)
俺は立ち上がると、いそいそと上着を着込んだ。その姿を見た滝口さんが俺に「どうした? 帰んの?」と声をかけたが、いちいち説明するのも面倒だったので「野暮用が……」とだけ返事をした。
「じゃ、滝口さん。ここのお会計頼みますね」
「はぁ? オレに奢らせんの?!」
「俺、昨日の居酒屋代全部払ってます」
「おおそうかー! じゃあまた月曜日にな!」
調子のいい滝口さんは、それだけ言うと手を振って俺を見送った。俺は再びるりたぬきちゃんにお礼を言って店を出た。
店を出ると、街は相変わらずの騒々しさだった。まだ宵の口といった感じで、行き交う人の姿はとどまるところを知らない。俺は、飲み屋の店先に立っている女の子達の横を通り過ぎて、足早に駅まで向かった。
そうだよな、気になるなら連絡して、会いにいけばいいんだ。なんで連絡がないのかも分からない。もしかしたら、もう連絡も取りたくないのかも……そんな思いが頭をよぎったが、無理矢理にもその思いを断ち切った。
そして電車に揺られる事しばらく。乙成の家の最寄り駅に着いた。この辺りは先程の繁華街とは打って変わって静かなものだ。
なるべく早く、俺ははやる気持ちを抑えながら乙成の家へと歩を進めた。
乙成の家が見えた。よくあるアパートの二階、明かりがついている所を見るに、部屋にはいるらしい。
ここに来るまでにスマホで連絡を入れておいた。だが、今だに既読が付かない。避けられているのか、気が付いてないだけなのか。乙成の部屋の前までやって来て、またしても不安がつのる。
ピンポーン
………………出ない。部屋の明かりはついているのに。
ふと、俺の中に嫌な予感がよぎった。丸一日連絡のない乙成。こちらから連絡を入れても応答がない。明かりはついているのに出る気配はないし、なんの音も聞こえない。
これは、俺が思ってる事なんかよりもっとやばい事になっているのでは……? 俺は何気なく乙成の部屋のドアノブに手をかけた。
ガチャ
開いた。こんな夜に、鍵もかけないで。
「乙成……?」
俺は恐る恐るドアを開けて中を覗き込んだ。
そこには
そこには床に倒れている乙成の姿があった。
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