第126話隣人の顔ってよく知らないよね

「前田くん、いるのは分かっています。ここを開けてください」


 扉一枚挟んだ先に、恐怖が待っている。今日の俺の勘は非常に冴えていて、心が必死に「開けてはいけない!」と叫んでいる。


 もう俺が部屋にいる事はバレている。先ほどけたたましい音を立てて、俺のスマホが鳴ったからな。このまま居留守を使っても、奴が大人しく帰ってくれるとは思えない……さて、どうしたものか。


「……仕方ありませんね」


 扉の向こうで、美作さんがため息をつくのが聞こえた。まさかこのまま諦めて帰ってくれるのか?!


 コツコツコツ……ピンポーン


 ん? ピンポン? 美作さんの靴音が少し遠くなる。そして立ち止まったと思ったら、直後にインターホンの音が聞こえた。これは……隣の部屋?! 


「はいはい〜どちら様?」


「あ、すみません、私は隣の部屋に住む前田廉太郎の友人でして、昨日から彼と連絡が取れなくて……彼はを抱えておりまして、こんなに長く連絡が取れない状況だと心配で心配で……」


「うお?! 超イケメン……! え、てか、え?! 連絡が取れないって、もしかして……?!」


「はい……最悪の事態になっているかもしれません……部屋に入ろうにも鍵がかかっておりまして……そこで、こちらのベランダから、彼の部屋にあがらせてもらいたいのですが……」


「ちょっとストーーーーーップ!!!!!」


 隣の部屋のお兄さんが慌てて美作さんを部屋にあげようとしている所で、俺は堪らず玄関の扉を開けて飛び出した。


「おや、前田くん。やっぱり部屋にいたんですね」


「やっぱり、じゃないですよ!! 何適当な事言ってるんですか!! 誤解されるような事言わないでください!」


「え?! 君、大丈夫なの?!」


「隣人の方、ありがとうございます。この様に、彼は今凄く様でして。大人しくさせるので安心してください。お騒がせしました」


 動揺する気の優しいお兄さんに、むちゃくちゃな事を言ってこの場を収めようとする美作さん。俺は、美作さんを部屋に無理矢理押し込んで、隣のお兄さんにはとにかく謝った。

 美作さんのせいで、色々と問題を抱えていると思われた俺は、その後もお兄さんに心配されてしまったが、なんとか説明して分かってくれた様だ。去り際に「しんどくなったら、いつでも訪ねてきていいから」とまで言われてしまった。お兄さん、あんたそんなに良い人だったんだね……。ちょっとホロリと来そうになってしまったよ。


「何やってるんすか?!」


 扉を閉めるなり、俺は美作さんを怒鳴りつけた。当の美作さんは、先ほどの事なんかなかったかの様に俺の部屋の中をジロジロと見渡している。


「ここが前田くんの部屋ですか。なんか部活動みたいな匂いがします」


「人の話聞いてる?! あと何、部活動の匂いって! え?! 俺臭い?! ショックなんだけど!」


 クソ……入ってくるなり人の事を貶しやがって……!


 確かにあんたはいい匂いするけども! 近寄られる度にシャンプーの匂いするなって思ってたけども!! こんなん、後々めちゃくちゃ気にするやつじゃん。なんてデリカシーのない奴なんだ! 今すぐドラッグストアに行って、部活動の匂いを鎮めるアイテムが欲しくなった。


「まぁ部活動の事はいいや……なんで急に訪ねて来たんですか?!」


「あぁ、そうです。明日は前田くんの誕生日ですよね? だから前日からお祝いに来ました」


「いや、だからって急に訪ねて来なくても……てか、なんで俺が明日誕生日なの知ってるんですか?」


 確か乙成は、美作さんには俺の誕生日は知られてない筈だと聞いていた。今まで一度も話題に出した事はないし、俺達には、共通の知り合いなんかもいない筈……この男に、俺の誕生日が漏れる事なんてない筈なのに。


「そんなものは、ちょっと調べれば簡単に出てきますよ。そこら辺の人に小銭を握らせれば一発です」


「なんてあくどい……!」


 クソ……やっぱり一筋縄ではいかないな。なんだよ小銭を握らせればって。小銭握らせれて俺の事調べさせたりしてたの? そこまでやる執念が凄いんだけど。


「てっきりあいりに会いに行くのかと思っていたのに、そんな部屋着でグシャグシャの頭でいると言う事は、ついにあいりを諦めたのですか?」


「! これは、さっきまでのんびりしてただけで! 乙成を諦めたりなんかしてませんよ! 現に明日、俺は乙成の家に行く事になっていて……」


 そこまで言いかけた時、ハッとして俺は口をつぐんだ。


「ほう、明日はあいりと会うのですね」


 美作さんは俺の言葉を聞くなり、全部理解したとばかりにニヤリとした。俺のバカバカ! 美作さんにバレてしまったじゃないか!


「前田くん、君は本当に諦めの悪い男ですね……分かりました」


 そう言うと、美作さんはズイと顔を近づけて来た。奴の方が俺より遥かに身長が高いから、俺の顔を覗き込む為に少し屈んでいる。壁際に追いやられている俺は、美作さんの圧と良過ぎる顔のせいで身動きが取れない。

 

「み、美作さん何を……」


「わからせてあげます。前田くん」


 

 

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