第88話強者リンちゃん

「ふいー疲れたぁ。化粧落としたい……兄貴、メイク落としある?」


「そんなんあるわけねーだろ」


「あ、そっか! 兄貴童貞だもんね! 女の子家に呼ぶ事なんてないから、メイク落とし置いていく子もいないか!」


「ぐ……」


 リンはアハハと笑って自分の鞄をゴソゴソしだした。さり気なく童貞である事をバカにされたけど、ここでキレてはいけない。リンは今、傷心中なのだ。先週乙成に振られてな! まぁその乙成から? 俺は今日チョコ貰ったけど? 俺は嫌味な奴じゃないから敢えて自慢したりしないよ? その紙袋に入っている数多のチョコなんかかすむ程のもん貰ったけどな? 俺は優しい兄貴だからさ、ちゃんとリンを慰めてやるんだ。


「あ、メイク落としあったわ。お風呂入ってこよー」


 

 数十分後。



 化粧をさっぱり落とし、完全に男に戻った状態のリンが戻ってきた。ボクサーパンツのみで、寒いと言いながら。


「服着ろよ風邪引くぞ」


「だってスカートしかないんだもん! バイトでも着てたからタバコ臭いし! ねぇ兄貴、なんか貸して? ジャージとかあるでしょ?」


 全く……。俺はタンスからねずみ色のスウェット上下を取り出してリンに渡した。


「うわ……ださ……」


「文句言うな」


 文句を言いながらも、リンはしぶしぶ俺のねずみ色スウェットを着た。うん、リンを持ってしてもダサいわ。


「で? 本当に何しに来たわけ?」


 ここでようやく本題に入る事にした。急に俺の家を訪ねてきたのだ、何かあったんじゃないかと推察してしまう。


「ひどいなぁ! 弟が用がないと遊びにも来ちゃだめなの? 特に用事はないんだけどさ、兄貴に、おすそ分けしようと思って!」


 そう言って、リンが差し出してきたのは先程持っていた紙袋。その中には、分かりやすくバレンタインの贈り物が詰まっている。



「チョコ?」


「そ! なんか今年、めちゃくちゃいっぱい貰っちゃってさぁ〜! 食べきれないから兄貴におすそ分けしようと思って! 大丈夫、ちゃんと身元がはっきりしてる人からしか受け取ってないから! 変な物は入ってないはず!」



 ガサガサと紙袋から出てくる大量のチョコ達。手作り風の物もあれば、お高めのブランドの物まで様々だ。


「こんなに……お返しが大変そうだな……」


「そうなの! だから今回は一日一人、毎日デートしないとなんだよね! 物買って送ってる余裕なんてないから手っ取り早く、その日は一日俺を好きにしていいよって日にしようと思って! だから受け取る人もちゃんと厳選したってわけ!」


 厳選したってわけ! じゃないよな……。それってどう考えても異常だと思うけど……


「それ、相手の子は了承してるの? 他の子ともお前がデートする事」


「うん! それでも良いって条件の子だけが今回選ばれたんだよ! あとついでに言うと、ガチ恋じゃない事、二回目がなくても壊れない事、直近で病気の検査を実施してもらう事と、その診断結果を持参してもらうことになってる!」


「そ、そうか……」



 なんというか……うん。それでも良いって人がいるのなら、俺がとやかく言う事はないけど……。なんか、乙成の事好きって言ってた頃の方が健全じゃなかった? いつの間にそんな子になっちゃったの?


「そこで! バレンタインにチョコ貰えなくって落ち込んでいるであろう兄貴の元へ、俺が幸せのおすそ分けをしに来たってわけ! どう? 嬉しい?」


 ベッドに無造作に広げられたチョコ達の前で両手を広げながら、リンは満面の笑顔で言い放った。


「か、勝手に決めつけるなよ! 俺だって……」


「え?! マジ?! 兄貴、チョコ貰ったの?! まさか、あいりんから?!」


 そんなに驚く事だろうか? リンは今年一番のニュースだと言わんばかりに大声で驚き聞き返してきた。


「そうだけど……」


「まぁじかよ! やったじゃん兄貴! どれ?! どこにあるのさ?!」


「これだけど……」


 俺は神棚からそっとチョコの箱をおろした。本当はもうちょっとお供えしておきたかったのに。


「これかぁー! ねね、開けてみようよ!!」

 

 

 

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