第87話調子に乗ってもいいですよね?

 やぁみんな! 俺の名前は前田廉太郎だよ!



 え? 今更もう名乗らんでいいって? そんなつれない事言うなよ、俺は今、最高に気分が良いんだ!


 なんせ、生まれて初めて女の子からバレンタインチョコを貰ったんだぜ? 20代男性の4割がデート未経験と言われているこの時代でだぜ? デートどころか、手まで繋いだりしてな!


 そして極めつけはこれチョコだ。恥じらいながらチョコを手渡す乙成。日も暮れて辺りが薄暗くなってきた住宅街の一角で。これを青春と言わずなんと言うんだ!!!


 おまけによ、家族以外に渡すなら、初めては前田さんがいいだってよ?! どう思う?! 羨ましいだろ?! 言われたのは人間じゃなくてゾンビにだけどな!!!!

 


 ふう……少し落ち着こうか。乙成からチョコを渡されてからというもの、こんな感じでテンションが上がりに上がりまくったせいで、家に帰って来たというのにまるで何も手がつかない。本当は1日歩いて疲れたから、帰るなりすぐに寝てしまうかと思ったが、今の俺は危ないクスリでもキメたのかと疑われる程テンションが上がっている。そう、上がっているんだ……!



 俺の手には数時間前に乙成から渡されたチョコがある。すぐに開けて食べないのは、この余韻を味わっていたいからだ。家に神棚はないのでとりあえずベッドの上にある小さな棚の上に置いてみた。


 いい感じだ。この棚、マジでなんの為にあんの? ってくらい何も置けないから、ただの邪魔な出っ張りと化していたんだ。それがどうだ? 今は立派な神棚に化けた。この為にあったんじゃないか? ここは今日から神棚だ。しばらくお供えしてから、改めていただこう。



 神棚にチョコをお供えした俺は、束の間の余韻を味わいながらベッドに倒れ込んだ。もう夜の9時をまわっている。乙成はちゃんと帰れたのだろうか? そんな事を考えていると、またしても夕方の乙成の姿が目に浮かんでニヤついてしまう。


 俺は今日の出来事で、20代の4割から抜け出せたという事で良いのだろうか? てか、4割がデート未経験って事は、その4割は童貞だよな? じゃあ俺って普通なんじゃね? アベレージじゃん。なんの為に社会人で素人童貞って設定にしたと思ってんだよ。設定がかすむだろうが。大学生の内にみんな済ませておけよ。


 ピンポーン



 アベレージ……じゃなかった、インターホンが鳴った。こんな時間になんだ? 新手の宗教か?


「兄貴ーーーー! 開けてーーーーー!」


 扉を開ける前から、そこに誰がいるのか分かった。


 リンだ。俺の弟で人気配信者でたまにガールズバーでバイトしている男の娘のリンである。なんだか凄く久しぶりな気がするけど、実際に会うのは一週間ぶりという事になる。



「こんな時間にどうした……って、なんだよその荷物?!」


 扉を開けて目に飛び込んできたのは、両手に大きな紙袋を持ったリンの姿だった。中にはびっしりと、可愛らしい包み紙の箱が溢れんばかりに詰められている。


「へへーバレンタインの戦利品♪ 昨日大学からそのまま遊んでて、ついでにバイトガールズバーも行ってきたからこんな事になっちゃったぁ。家まで帰るのダルいから、今日泊めてよ?」


「はぁ?! なんで俺が?!」


「いいじゃーん! 二人っきりの兄弟なのにさ! それに、昨日家に帰ってないから出待ちとかされてるかもしんないの! 兄貴は、俺がこんな夜中にどうにかされちゃってもいいの?」


「ぐ……」


 リンは相変わらずの短いスカートに、ばっちりメイクをしている。この姿なら完全に女の子なので、9時をとうにまわっているこんな夜更けに外に放り出すのは確かに危険だ。まぁ、もし仮に襲われる様な事があっても、リンならねじ伏せられるとは思うが。


 俺はしぶしぶながらもリンを部屋に入れる事にした。本当はもっと今日の余韻に浸っていたかったが仕方ない。


 それに、リンはつい先週、乙成に振られたのだ。ここは兄として、20代の4割を抜けた男として、しっかり慰めてやらないとな!


 

 


 

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