第154話夏の神社とかお寺って最高だよな

 電車に揺られること約五分。近いけど歩くには遠い、これは田舎によくある話だ。

 都内なら余裕で歩ける距離で駅が点在するけど、田舎の一駅はやたらに距離が離れている。車で移動する事が前提である。俺も一応車の免許は持っているけど、数える程しか運転した事がないので田舎の車社会には適応出来ないかもな。


「ついた!」


 駅について二人して大げさに伸びをする。降り立った駅は、これまた無人駅。ホームの後ろ側は鬱蒼とした竹やぶが広がっていて、保養所のある駅より静かで趣がある。改札なんかも見当たらないけど、これで色々と成り立っているのがすごい。


「なんか、ここの方が涼しく感じますよね! 竹のせいかな?」


 サラサラ風に揺れる竹の葉の心地よい音を聞きながら、ごくごく自然に俺の方へと差し出される手。そっか、俺達って付き合ってるんだもんな。すっごく今更だけど。


 差し出された手をとって、絡めた指にほんの少しの熱を感じながら、俺達は無人駅の改札とも言えない改札を抜けて歩き出した。向かうはここから五分程歩いた先にあるお寺である。今の時期は紫陽花が咲いているとかで、この辺りの観光地を調べたらすぐに出てきた。


「俺ってそんなに乙女心が分かってないかなあ?」


 お寺までの道すがら、先程朝霧さんにダメ出しされた事を思い出して乙成に聞いてみた。自分としては至極真っ当な事を言ったつもりだったのだが、分かっていないとまで言われるなんて……


「うーん……私はそうは思いませんよ? 前田さん優しいですし!」


「え、俺って優しい?」


「はい! 優しいですよ! 私の為に、今までも色々としてくれたじゃないですか!」


 確かにそれはある。俺達の距離が近くなったきっかけも、乙成がゾンビになっちゃったからだもんな。


「未だに信じられないんだよな、乙成がゾンビだなんて」


「私もです! 特に不便もなく、今まで来てますしね」


「これから暑くなるけどさ、大丈夫なのかな……? その、腐敗的なの……とか」


 そう。乙成はゾンビだ。もうこの時点で腐った死体という事になるのだが、夏場なんてゾンビと相性最悪じゃないのかな? ふざけている様に聞こえるかもしれないが、俺達にとってはとても重大な事だ。乙成がどうにかなっちまうかもしれないんだからな。


「どうなんでしょう……? まだこの姿になって夏は経験していないのでなんとも言えないのですが……もし私が腐っても、前田さんは私の彼氏でいてくれますか?」


 突然飛び出したその言葉は、俺の胸をザワつかせるのには十分だった。くるんとした大きな瞳が、不安げに俺の姿を捉える。この先どうなるかなんて分からない。夏が来たら、乙成がどうなっちゃうのかも……だけど……



「そんなの、当然じゃん! ずっと乙成の彼氏でいるよ……!」


 繋いだ手にぎゅっと力がこもる。この先何があっても、俺はずっと乙成の傍にいる。傍にいて、この子と思い出をたくさん作っていきたいんだ。


「ふふ、前田さん、そんな悲しそうな顔しないでください! 私、何処にも行かないんで!」


 難しい顔の俺に、乙成が無邪気な笑顔を向けてそう言った。悲しいというより、今は不安の方が勝る。今のままでゾンビでいい訳が無いからな。


「乙成、あの……」


「あ! 前田さん、見て下さい!! 紫陽花があんなに!!」


 言葉を発しかけた俺を遮って、乙成は興奮気味に前方を指差す。グッと引っ張られながらも見据えた先に広がっていたのは、お寺までの階段の両脇に咲く美しい紫陽花だった。


 紫、ピンク、青……そして深い緑の葉だ。湿気を帯びた土の匂いがする。竹のせいで少し薄暗く見えるが、お寺の門と、紫陽花の淡い色合いが荘厳な雰囲気を漂わせていた。


「綺麗だな……」


「はい……とっても!」


 石畳の歪な階段を、俺達はゆっくり上がっていく。他に人はなく、何処かで鳥の鳴き声が聞こえるだけで、まるでこの世界には俺達しかいないと錯覚させる。乙成がおもむろに手荷物の中から蟹麿のアクスタを取り出して、紫陽花をバックに写真を撮っている間、俺はそんな乙成の姿をじっと見つめていた。


 やっぱり、このままってのも変だよな……


 乙成はゾンビになって不便はないって言ってたけど……


「前田さんも! ほら!」


 ひとしきり蟹麿の写真を撮り終わった頃、不意に名前を呼ばれた俺は、乙成の手招きするままに彼女の隣に立った。


「え? これって……」


「写真、撮りましょう?」


 そう言って、インカメラにして二人が画角に入る様に調整する乙成。スマホの画面には、俺達二人の姿がバッチリ写っている。


「何気に初めてですもんね、写真撮るの。前田さん! 笑ってください!」


 頬が当たりそうな近さまで接近して笑う乙成。撮れた写真は、満面の笑顔の乙成と、その隣で下手くそな笑顔の俺が写っていた。


 

 


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