第153話リアリスト前田

 蕎麦屋を出た一同。店に入る前の元気いっぱいの様子は何処へいったというのか、今はすっかりテンションが下がってしまっている。


「なんか、大変な事になっちゃいましたね?」


 保養所までの帰り道、怖がりながらも、クソデカイカ天やらざる蕎麦やらおにぎりやらをしっかりと完食した俺達は、食後の腹ごなしも兼ねて散歩する事にした。


 その道中だ。乙成が何やら不安げな顔で俺の方を見てきたのは。


「え? うん、そうだね」


「私、この手の話ってダメなんですよ〜! 怖くないですか?!」


「うん? あ、そうだね……」


「?」


 怖がる乙成の横で、微妙な反応をする俺。それに気が付いたのか、乙成は俺の目の前にズイとやってくると、再度俺の顔を覗き込んできた。


「前田さん? なんか変ですよ?」


「……」


「前田さん、もしかしてさっきの話、信じてない、とか……?」


 言葉を発さず、無言でコクンと頷く。


「なんか、水指したら悪いかなって思って」


「えっ、全く信じてないんですか?! 蕎麦屋の方が、あんなに言っていたのに?!」


「だって! 痴情のもつれから殺人に発展するなんて、上手い事出来過ぎだし、たった一週間かそこらでそこまで関係性が悪化するもん? 他の人達は何処へ行ったの? 研修って、三人だけじゃないでしょ? そんな殺伐とした状況だったら、ナタ取り出す前に、異変に気が付いた責任者が介入したりするって! あのおばちゃんだって、まるで見てきたかの様な物言いだったけど、実際みた訳じゃないんだろ? それに、一番重要な部分の、殺ったかどうかは濁してたじゃん! もし事件になってたら、当時のまま営業なんて出来ないだろうし!」


 俺は、先程おばちゃんから聞いていた時からふつふつと思っていた事を乙成に話した。話している時から、乙成の表情がどんどん無になっていくのが分かる。……え? 俺、なんか変な事言ってる?


「なんだよ前田ー! お前、そんな事言って本当は怖いんじゃねぇのー?」


「滝口さんもおかしいと思いませんか? あのおばちゃん、明らかに怖がる俺達を見て面白がってましたよ? きっと、あそこの保養所に泊まる人を見かけたら片っ端からおどかしてるんですよ」


「……」


 やべ。滝口さんまで黙っちゃったよ。俺、そんなに変な事言ってるかな?


「前田、あんた全然分かってない」


 ちょっと引き気味の乙成と滝口さんに続いて、今度はほろ酔い気分の朝霧さんが口を挟んできた。もう既に、若干呂律がまわっていない。


「こういうのはね、嘘でも盛り上がっとくもんなのよ。みんな心の底から、お化けが出るなんて思ってない、でもあのおばちゃんの話も相まって怖いねーキャーみたいな? いわば夏の風物詩みたいなもんじゃない? あんたテレビで、怖い話特番とかの再現VTRが実際の映像だと思って見てんの? 見てないでしょ? 本物じゃないけど怖い。それでその場が盛り上がるんなら、もうそれでいいじゃない? 今聞きたいのは正論じゃない。真っ当な意見なんか、乙女は求めていないのよ。しっかり勉強しなさい」


「は、はい……」


 何故か分からないけど、俺は怒られたらしい。いや、確かに最初はこんな事言ったら、みんなの空気壊しちゃうかな? って思ったよ? 思ったけど聞かれたもんだから答えただけじゃん。そこまで否定する? あと最後の方、なんで乙女心の話になってんの? 乙女心が分かってないから、ド直球で正論ブチかましたと思ってるのかな? 君らが乙女なら、滝口さんも乙女って事? もう訳が分からないよ……


 何故か朝霧さんにダメ出しをくらいながらも、俺達は短い散歩を終え保養所へと戻った。未だ納得しきっていない俺を置いて、朝霧さん達はさっさと自室へと引っ込んで行った。夜まで少し休むらしい。


「前田さん、もう少しこの辺りを散歩しませんか? 夕ご飯まで時間ありますし!」


 中途半端に時間が余ってしまい、どうしたものかと考えていた矢先、乙成の方から外へ出ようと提案があった。まぁ確かに、旅行に来ているのに飯食ってその辺散歩しただけだもんな。もう少し散策してみてもいいかもしれない。


「さっき調べたら、電車で一駅の所にお寺があるんですって! 行ってみましょうよ!」


 


  


 

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