第163話番外編 アンデッドな彼女inアメリカ その3
「お、おい?! 何する気だ? その変な注射器はなんだ?!」
ミマサカが懐から取り出したのは、明らかに身体に悪いと分かる毒々しい液体の入った注射器だった。
「マエダくんと言いましたか? そんなに怖がる事はないですよ。これは他の試作品とへ明らかに精度が異なるものですので。マエダくんも丈夫で老いない体を手に入れたいと思いませんか? これを打てば全てが叶いますよ。その代わり、自我はなくなりますけど」
「それゾンビじゃん!!! 絶対にやだよ!!」
「元々これは、僕が従順な召使いが欲しくて生み出されたウイルスなのですよ。前任の社長はとても優秀な科学者で、表向きは製薬会社として財を成し、その裏では僕の夢を支援してくれていました。従順な召使いはどんな場所でも活躍出来ますからね。例えば、戦場とかでも……。ちょっとした
く、狂ってやがる……! 大体こういう所に出てくる科学者はおかしいって決まってるが、こいつは特に異端だ。顔も良いから尚の事不気味である。
「まさか……! アイリを連れ戻しに来たのも、その研究の為か?! あんたらの怪しい研究の為に、アイリは絶対に渡さないぞ!」
「マエダさん……」
「そうだ、俺はこの数ヶ月間目を背けていたんだ。俺はこいつが好きだ。アイリなしの生活なんか考えられねえ! 彼女がゾンビだってなんだっていい、俺にはアイリが必要なんだ!」
ハァハァと息を切らしながら、俺は必死に抵抗の言葉を叫んだ。こんな小さな町の、しがない雑貨屋なんかに、女の子一人を幸せに出来る器なんかないかもしれない……それでも、それでも俺は!
「……何を言い出すかと思えば。僕は別に、アイリを研究の為に連れ戻しに来た訳じゃありませんよ」
「え? じゃあなんの為?」
「アイリは確かに、前任の社長のせいで特殊個体となってしまいましたが、見た目がゾンビなだけであとは普通の人間と同じです。僕達が探していたのは、僕と現社長……レイカの結婚式があるからですよ」
「へ?」
「だから結婚式です。あ、良かったらマエダくんも招待しますよ。丁度配膳係に欠員が出たので」
んんん? 何を言っているんだこの人は? てか、世界がこんな大変な時に結婚式すんの?
「じゃあ結婚式が終わったら、またここに戻って来てもいいの?」
アイリもキョトン顔でミマサカに尋ねる。てっきりこのゾンビ化した世界には、アイリの持つ特殊な体が必要だ! みたいな話になると思ったんだけど……
「僕としてはアイリには常に傍にいてもらって、毎日僕の研究を笑顔で応援してもらいたい気持ちはありますが……レイカさんもアイリのしたい様にしろと……アメリカ人は個人主義ですよね。僕は日本人なのでその辺りの感覚があまり分からないですが」
「やったあ! マエダさん聞きました?! 私、ここに帰ってきて良いんですって!」
「え、あぁ、そうだな」
喜びの余り俺に抱き着くアイリ。その仕草に内心ドキッとして……いやいや! そうじゃなくって!!
「ちょっと待ってよ。あんた達は結婚式やらなにやらで楽しいかもしれないけど、この状況は? 町中ゾンビだらけで家もボロボロ! こんな世界にしといて、どう始末つけるつもり?!」
それまで黙って話を聞いていたアサギリが語気を強めながらミマサカ達に詰め寄る。そりゃあそうだ、こいつらの研究のせいで、俺達の生活は一転したんだからな。アサギリなんて、趣味の酒をほとんど飲めていないんだぞ? 酒を使うなら火炎瓶にしろと近所の奴らに言われちまうからな。
「あぁ、その事なら。現状、街に放たれたゾンビ達に弱体化させる
し、死骸……? おい、ゾンビのエサって……もしかして……人じゃねぇだろうな?
「ふうん。期日が決まっているならまだ戦う気になるわ。28日後に酒が飲めるなら、私は戦うわよ」
「私も! 私、ガトリングガンを一度使ってみたいんですよねー」
「
「それ良いわねー! 私も一度、ゾンビを蜂の巣にしてやりたかったのよ!」
物騒な事を言い出すアイリとアサギリ。おい、ミマサカ。何武器を手配しようとしてるんだ。こいつら、ゾンビが元々人間だって事、忘れてない?
「7日後のウェーブまでにこの拠点に持ってこさせます。アイリ、28日間はアイリのやりたい様にやっていいですよ。でも28日経ったら、ちゃんと家に帰るんですよ? レイカさんも心配しているんです」
「分かった! マエダさんっ! 28日経ったら一度私の実家に行きましょうね! 母を紹介します!」
え、ええー……アイリ、それでいいの?
「あ、そうだマエダくん。君の処遇に関しては社に帰った後、決定します。僕はこの機会に乗じて君もろとも消すつもりではありますが、一応、レイカさんの判断も仰ぎたいので」
んんー? 俺はやっぱり消されるの?
こうして、長らく続いたゾンビ騒動は28日後の終焉に向けて動き出した。終わりが見えると俄然やる気になった町の連中は、昼間は動きを停止しているゾンビまでも容赦なく斬りつけ、蜂の巣にし、その頭を粉々にした。
これではどちらが脅威か分からない。全く、ミマサカのせいでとんだ世界になっちまったぜ。
俺らはと言うと、ミマサカ、レイカの結婚式に参列して、傘の現社長であるレイカから正式に交際の許可を貰えた。俺達がまだ籍を入れていないと分かって安心したミマサカだったが、事ある毎に俺に一服盛ろうとしてくるから常に気を張ってなきゃいけなくて大変だった。
28日後……
「マエダさんっ! 今日はピクニックしましょ!」
「おいおい、いくらゾンビがいなくなったからって早すぎないか? 俺達の家の修繕も、まだ終わってないってのに」
「でもこんなにお天気がいいんですよ? 今日みたいな日に外でサンドイッチなんか食べたら、きっととても素敵です!」
「サンドイッチねぇ……それってもしかして?」
「それはもちろん……」
「「パストラミサンド!!」」
「あぁ、最高だな! でもいいか? 食べたらすぐ仕事に戻る。分かったか?」
「ええ、それはもちろん!」
よく晴れた春の土曜日。木の下にレジャーシートを敷いて二人で寄り添ってパストラミビーフサンドを頬張る。付け合わせにポテトチップスとコーラを用意した。
目の前に広がるのは、無数のゾンビの死骸達。血と腐敗臭が混ざった不快な匂いが鼻をつくが、そんな事は気にしない。
全部、全部終わったんだ。これからはアイリと二人、仲睦まじく雑貨屋をやっていける。
遠くの方にアサギリとタキグチ保安官が見える。みんな、こんな天気のいい日は外でランチをとりたくなるんだな。時より、喧嘩しているのか大袈裟なリアクションで何かを訴えてるその姿を見て、俺とアイリは目を合わせて微笑みあった。
やれやれ……全く、ご機嫌な奴らだぜ!
アンデッドな彼女inアメリカ 完。
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