第44話新婚さんいらっしゃい!のやつ
「あいりんとはねー、確か二年くらい前だったかな? アンデロってゲームで、あいりんがゾンビにやられて身動き取れなくなってる所を助けたのがきっかけ! あ、アンデロってのは、アンデッド・ロードの略ね! あの時のあいりんのやられっぷりがマジで凄くてさ!」
「うんうん、それで?」
そう言って、リンは乙成の手を握る。
「一人でゾンビ何十体に囲まれてペチャンコにされててさ! どっかで落として来たのか、武器も何も持ってなくって!」
「ほうほう」
リンは、乙成の手を握りながら体をもたれて、今度は乙成の肩に頭を乗っけた。
「もぉマジで瀕死になってる所を俺が助けに入ったの! クリア条件が仲間全員の生還だったし、次のウェーブまでに指定の場所まで移動しないとだったしさ!」
「マジか」
リンは握った手を緩めると、今度は右手で乙成の腰の辺りに手を伸ばして、グッと距離を詰める。
「もぉーリンちゃんってば、そんな昔の話しないでよ! 恥ずかしいよ!」
「えー? いいじゃん? あの時のあいりん、ボイチャでめちゃくちゃ泣きそうな声出して助けを求めてて可愛かったし?」
リンよりひと回りは小さい乙成の体を、リンがすっぽり覆っている様な構図だ。
「あの、すみません、君ら距離近くない?!」
もう我慢ならん! さっきまで適度な相づちを入れつつ、相手が円滑で、かつ気持ち良く話を出来る様な演出を俺なりに心掛けてきたつもりだが、今目の前の光景は午後の朗らかな友人とのお喋りというより、新婚さんが出てくるトーク番組の、何処の誰とも分からぬ浮かれきった新婚カップルの馴れ初めを聞かされている気分だ。
しかも相手は弟。弟でしかも元ヤンでしかも男の娘だ。隣でベタベタくっつかれているのは、俺の同僚で、俺の声とよく似た推しに恋してるゾンビで、しかも乙成だ。
あくまで公衆の面前であるという建前を武器にして、俺は二人に注意をした。いくら見た目が女の子に見えているとしても、一部の変態を除いて、そんな今から艶っぽい出来事が起こりそうな光景を昼間っから見たい人なんてそうそういない筈だ。
「えー? 何兄貴、ヤキモチ妬いてるー?」
「ちがっ……! あくまで公衆の面前でだな……! てかさっきも言ったと思うけど、乙成、こいつは男なんだぞ? お・と・こ!」
俺の記憶が正しければ、乙成って男性が苦手な方だった筈だ。元々俺や滝口さんとも話をする事もなかった訳だし。それがどういう事だ?
「あ、そういえばそうでしたね! なんか、リンちゃんは凄い居心地が良くって! 自然に受け入れてました!」
「あのなぁ……」
「もぉ兄貴ってば過剰に反応し過ぎ! これはただのスキンシップ! 兄貴にだってやるでしょ?」
「ぐっ……」
言われてみれば確かに、リンはやたらと距離が近かった……。初詣の時だけじゃなく、家でテレビを見てる時も、俺の肩に頭を乗せてきたり、腰に両手を回して抱きつく様な体勢になってた時もあったっけ……その度に親父が、スマホで隠し撮りして同僚を釣ろうとするから、必死に削除させた事を覚えている。
「ふふ、お二人仲が良いんですね」
この顔だよ。なんの邪気もない笑顔。屈託のない笑顔で、俺達の言い合いを見ている乙成。
人の気も知らないで……
「でも、なんでこんなに居心地が良いのか、今日で分かった気がします」
「え?」
さっきまでクスクス笑っていた乙成が、急にちょっと真面目な雰囲気を出すから、思わず身構えてしまった。
「多分前田さんと波長か似てるからなんだと思います! やっぱり、兄弟だからなのかな? だからなんか落ち着くというか、そんな気持ちになるんです!」
乙成は俺の方を真っ直ぐ見ながら言った。その目があんまりにも真っ直ぐだったもんだから、俺はリンが目の前にいる事も忘れて思わず赤面してしまった。
「あれー? もしかしていちゃいちゃしてる感じ? ズルいよ兄貴!」
「違う! これは断じて違うから!」
「そんな照れなくていいって! 俺応援してるからさぁー」
「それなら必要以上にベタベタ触るなよ……」
白くてでっかいコーヒーカップでコーヒーを飲みながら、弟に茶化され耳まで真っ赤になった俺を、ニコニコ顔で見る乙成。こうして、日曜午後のカフェでの時間が流れていった。
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