第43話乙成の親友 その2

 池袋東口のふくろうの像の前で待っていた俺達の前に現れたのは、俺の弟であり人気配信者であり男の娘であり元ヤンキーのリンだった。

 リンは相変わらず真冬だというのに色々出てしまいそうなくらい短いスカートに、でっかい上着を着ている。中の服も袖のないタートルネックだ。でっかい上着をはだける様に着こなしていて、見ているだけで寒い。唯一前回会った時と違うのは、いつもの金髪じゃなくてロングヘアのウィッグ? をつけている事だ。


「リン?! なんでお前が?」


「え! お二人知り合いなんですか?!」


「やーっぱあいりんの言ってた男って兄貴の事だったんだねー納得納得」


 リンは俺の問いかけには答えず乙成の方を見てニヤニヤしている。


「俺の弟だよ」


 俺は、俺以上に状況が飲み込めていない乙成に、リンの事を説明した。俺がリンの事を話している間にも、リンはごくごく自然に俺の肩に手を回してくる。相変わらず距離が近い……


「凄い……こんな偶然あるんですね!! 私の大親友と前田さんがご兄弟だなんて!! よく聞けばお二人とも、美声ですもんね……その声は遺伝だったなんて……!」


 何故か感動で打ち震えている乙成。俺は今だに状況が整理出来なくて戸惑っているというのに。


「てか乙成と知り合いなら、この前実家帰った時に言えよ! 全然知らなかった」


「その時はあいりんの想い人が、まさか兄貴だなんて思わなかったんだもーん。でも別れ際に兄貴からあいりって名前聞いて、それでピーンときちゃったって感じ!」


「想い人……?」


 俺がちょっとポカンとしていると、隣にいた乙成が慌てて訂正した。


「ちちち違いますよ! リンちゃん! 変な事言わないで!」


「あれー? もしかしてあいりん照れてるの? かーわいいなぁ!」


 そう言って、リンは乙成の髪をワシャワシャしながら茶化した。成すすべもなくされるがままの乙成も、顔を真っ赤(?)にしながら抵抗している。


「てか! ここ寒いからどっか入って話そうよ! マジで凍えそう……」


「そりゃそんな恰好してるから……」


「いいですね! 私、リンちゃんに色々お話したい事いっぱいあるんだ! 早く行きましょう!」


 とりあえず俺達は、近くで座って話せる場所に移動を開始した。


 着いたのは駅の近くの二階建てになっているカフェ。赤茶色を基調とした、暖かみのある家具で統一されたカフェだ。飲み物を注文する前に先に席を確保しようと二階へ上がり、窓際から少し離れた、他のテーブル席より一段段差を上がった所にあるソファ席を確保した。見張り要員でリンをそこにおいて、俺と乙成は飲み物を注文しに一階のレジへと向かう。


「前田さんにあんな可愛いご兄弟がいたなんて驚きです」

 

 レジ待ちをしている間、乙成は今だ興奮した様子で俺に話しかけてきた。


「まぁ、俺も正直びっくり……前はあんなんじゃなかったし」


「え! そうなんですか?」

 

 そう、リンはどうしようもないヤンキーだった。この前聞いたけど、東京で一人暮らししている部屋にも金属バットを置いているそうだ。何回かに一回、本当にヤバい奴がやってくるとかで……正直、あの容姿に騙されて寄ってきた奴は不幸だと思う。本当にリンがキレたら、軽く病院送りにされてしまうだろうから。


「まぁ、昔はちょっと反抗期が酷かったからね」


「あぁ〜ありますよね、みんな通る道です」


 多分乙成の想像より何倍も酷い反抗期だったんだが、今こうやって楽しそうにやっているリンの事を悪く言う気にはなれなかったので、適当に変な相づちを打って誤魔化した。


 「リンは温かい紅茶が飲みたいって言ってたっけ……俺はコーヒーでいいや。乙成はココアで……」


 会計前に乙成と支払いについて軽い悶着はあったが、なんとか無事に飲み物を買ってリンが待つ席に戻る事が出来た。


「もぉー! 前田さんに払って貰ってばっかりじゃ嫌だって言ったのに!」


「いいよ別に! どうせリンの分も払わないといけなかったんだし!」


 傾斜の急なカフェの階段を登りながら、乙成はほっぺたをプクーっと膨らませて不満を言っていた。


「おかえりー、二人とも声デカいよ! 階段の上まで声聞こえてたよ?」


「だって前田さんが払わせてくれないんだもの! この前の池袋の時もそうだったし!」


「兄貴は他で使う所がないから良いんだよ! もぉー、あいりんご機嫌斜めじゃん? こっちおいでー」


 そう言って、リンは両手を広げて乙成を呼んだ。まるで小さい子か仔犬を見た時にする態度の様だ。呼ばれた乙成も乙成で、まだ不満タラタラではあったが大人しくリンの隣に着席した。


「他で使う所がないって……あのなぁ!」


「いいじゃんいいじゃん、そんな細かい事は! それより、俺は二人の事が聞きたいなぁー! そいで? どこまでいったの?」


 俺の言葉を軽く流して、リンは温かい紅茶を一口すすると、身を乗り出してニコニコしながら俺と乙成を交互に見てきた。


「お前が思ってる様な事はないよ」


「うっそだぁー! だって毎日蟹麿の声真似してるんでしょ? あいりんの守備範囲結構広めだから、わりと突っ込んだ事も言わされてると思ったのに!」


 それは確かにそう。たまにガチの官能小説みたいなやつを持ってくる時があるけれど、そればっかりは俺の方に耐性がないから断っている。


「前田さんにお願いしてるけど、あんまりソッチ系のは言ってくれないの」


「まぁ兄貴は童貞ピュアだからねぇ……」


「お前ら……」


 言いながら、リンは八重歯を見せてニヤついている。この不思議な巡り合わせの中で、多分一番面白がっているのはリンだろう。


「俺はむしろお前達の話の方が興味あるけど?」


 そう、なんでこの二人が、親友と呼び合うまで仲良くなったのか、俺が気になっているのは何よりその事だった。

 

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