第42話乙成の親友
最近、乙成がご機嫌だ。
いや、前が不機嫌だった訳ではないが、最近のご機嫌具合は今までの比ではないというか……。仕事中もなんだか楽しそうだし、この前なんて、キラキラ営業部の男性社員と笑いながら会話を弾ませていた。以前の乙成だったら、あの手の人種には最上級の警戒心を持って接していたというのに……
「……乙成、なんか最近楽しそうじゃない?」
いつもの昼休み。日の当たらない追い出し部屋でいつもの様に弁当を広げていた所に、俺は意を決して乙成の上機嫌の理由を尋ねた。
「え? そうですか?」
コポコポと部屋に置かれた加湿器の音が、この狭苦しい追い出し部屋の中に響き渡る。この部屋もすっかり俺達仕様に変えられて、最近じゃ加湿器の他に、寒さ対策のミニヒーター、乙成の蟹麿グッズにお茶菓子まで置かれている。
俺達二人が昼休みをここで過ごす事が主だが、たまに滝口さんや、滝口さんがいなければ朝霧さんも遊びにくる様にまでなった。見つかったら即使用禁止にされてしまいそうだが、元が追い出し部屋だっただけに誰も寄り付かない。ここは、俺達サラリーマンの秘密基地となっていた。
「うん。なんか最近ウキウキしてるっていうか……何か良い事でもあったのかなって思ってさ」
「良い事……あ! ありますよ良い事! 私、大好きな人と巡り逢ったんです!」
その途端、俺はつい、持っていた菓子パンを床に落としてしまった。
「わわ! 前田さん大丈夫ですか?」
だだだ大好きな人に……巡り逢った……だと?
俺はその一言に動揺し、一瞬処理が追い付かなかった。
乙成に、好きな奴が出来ただと?! そうか、だから最近ウキウキしているのか。相手は誰だ? まさか営業部の田中?! あいつは滝口さん以上に軽薄で、存在がわいせつとの噂の高い男だぞ?! 盲点だった。そもそもゾンビだから男の影はないだろうと思って安心しきっていたし、何より勝手に、今乙成の一番近くにいる男は自分だとばかり思っていた。
確かに言われてみれば、俺達は「お友達」だ。乙成の色恋についてとやかく言う権利は、今の俺にはない。
てか、好きな奴がいるならこんな所で俺と昼飯食ってるのもまずくない?!
「え? あ、ふーん。そうなんだ! 好きな奴……ね! 良いんじゃない別に? おめでとうだよねそれは。うん、良い事だ」
「前田さん? 何か勘違いしてませんか?」
ぐるぐると考えを巡らせて、精一杯正常心を保つ俺を案じて、乙成が俺の落とした菓子パンを拾いながら心配そうに言った。
「その方とは私の親友なのです!」
「……へ?」
親友、という言葉に俺は一瞬固まって変な声が出たが、乙成は構わずキラキラした笑顔で話を続けた。
「もう二年? 三年? くらい前になりますかね。オンラインゲームで仲良くなって、度々一緒に遊んでいた子なんです! この数年間の間に何度も、直接会おうって話になっていたんですけど、中々勇気が出ず……でも、前田さんと仲良くなって、私も変わりたいって思って……それで勇気を出して会ってみる事にしたんです! そしたら! もう本当に意気投合しちゃって! その子も天網恢恢乙女綺譚好きだし、私よりゲーム界隈の情報に精通してて! もう本当に、初めて会った気がしないくらい打ち解けられたんですよ!」
「はぁ……オンラインゲームねぇ。ちなみになんのゲームで仲良くなったの?」
「あ、それはFPS視点の協力型アクションゲームです! ゾンビ蔓延る世界で資材を集めて戦いながら生き延びる系のやつですね。その子きっかけで、そこから対戦型のオープンワールドゲームにも手を出すようになりました!」
ゾンビがゾンビを殲滅するゲームに興じているとは……。てか、意外とゴリゴリなゲームやってるんだな。なんていうか、勝手にほのぼの系ゲームくらいしかやらないと思ってた。
「その子年下なんですけど、すっごいゲーム上手くて本当に尊敬しちゃいます! めちゃくちゃ可愛いし、面白いし、本当に会って良かったって思いました!」
「それは良かったな! やっぱり友達は大切だもんな、うん」
なんだ。大好きなんて言い方するからてっきり男かと思ったけど、女の子の友達が出来たという訳ね。って、何ちょっと安心しているんだ俺は!
「今週末も遊ぶ予定なんですけど、良かったら前田さんも来ますか?」
「え?! そんないいよ! 女の子同士の遊びに混ざるのなんて、なんか悪いし……」
「そのあたりは大丈夫です! それに、その子にも前田さんのお話はちょくちょくしているんですよ? 蟹麿の声の人に会ってみたいって言ってたし、きっと嫌がらないと思います!」
「え、でも……」
俺の言葉を最後まで聞かず、乙成はスマホを取り出すと目にも止まらぬ速さで、その親友にメッセージを送った様だ。
待つこと数分。乙成のスマホからポコンと間抜けな通知音がして、画面にメッセージが表示された。
「あ、オッケーですって! 前田さん、日曜空けといてくださいね!」
こうして、半ば強引に乙成の人生初? である親友ちゃんと相まみえる事となったのだ。
******
「え、その子はゾンビになっている事知ってるの?」
日曜日。俺達は乙成の親友に会う為に池袋まで来た。ふくろうの像の前で待ち合わせだ。
親友にこれから会えるのが余程楽しみなのか、乙成はさっきからスマホを何度も見てウキウキしながら左右に揺れている。
「そうなんですよ! 前田さんに続いて二人目ですね」
「それ、引かれなかったの?」
「それが全然! この前初めて会った時に言ったんですけどね、普通に受け入れてくれました!」
おいおい正気か? いくら数年前から交流があったとしても、会っていきなりゾンビになっちゃって……とか言われたら普通に引かない? 俺はビフォーアフターを知ってるから何となく受け入れたけど。その子、乙成以上に浮世離れしてるタイプなのかな?
「フフ、前田さんびっくりすると思いますよ? なんて言ってもその子、今人気の……」
「あーいりーん! 待ったぁ?」
日曜の午後、ふくろうの像の周りには待ち合わせの人が、皆一様にスマホを手にしてこれからやってくる人をいまか今かと待っている。そんな人達に混ざって立つ俺達に向かって、一人の女の子が手を振りながらやってきた。
聞き覚えのある、澄んだ高い声。その声の主が、俺のよく見知った人物である事に気が付くまで、時間はかからなかった。
「……リン?」
「あー! やっぱり
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