第41話天網恢恢乙女綺譚〜蟹麿出会い編〜
ナレーション(乙成)『ある日いきなり起こった各地の異常現象。その鍵を握るのは、時を同じくして物語のピースが欠けたお伽話達……各地で起こっている異変は、本来の伝承とは違う形で歪められた物語の登場人物達のせいだと言う事までは分かっている。世界お伽話連盟のかけだしキーパーである私が異変の実態を探るべく配属されたのは、数々のお伽話や伝承の残る国、日本。私はそこで、頼れる仲間達と原因究明の旅をする事になったんだけど、こんな闇雲に探し回っていて、本当に異変の原因を突き止められるのかな……?』
乙成が妙に熱のこもったナレーションをしている横で、俺は渡された台本を手にボーッとしていた。
主人公(乙成)『ここみたいね……連盟から報告のあった村っていうのは。ここでもお伽話の人物達が暴走しているって聞いたけど……あ、あんな所に人が! ちょっと話しかけてみよう』
「…………」
「前田さん? 次前田さんの番ですよ?」
「え? あぁ、ごめんっ」
明後日の方向を見ながら第二の拠点である、元追い出し部屋の椅子に腰掛けた俺は、乙成のこちらを見る真剣な顔でハッと我に返った。
蟹麿(前田)『なんだ、こんな所に人が訪ねてくるなんて。何の様だ?』
ナレーション(乙成)『くうぅ……まろ様……ッハ! コホン! 私は、焚き木の前でしゃがみこんで何かをしていた男性に話しかけた。私に気付いて立ち上がった彼を見た時、そのあまりの美しさに思わず息を飲んでしまった。サラサラの長い銀髪、エメラルドグリーンの瞳、その美しい目元をさす朱色の目弾きが、彼の涼しげな目元をより魅力的なものにしていた。私は、その一瞬で恋に落ちた』
「おい、最後の恋に落ちたの下りは台本にないぞ? ちゃんと台本通りに話せよ」
「水を差さないでください!!! 次! まろ様のセリフです!」
なんでこんな事をしているのかと言うと、今日も今日とて昼休みに、乙成の為に蟹麿会を開催している真っ最中だ。それで今俺が渡されている台本は、ゲーム版の天網恢恢乙女綺譚の、主人公が蟹麿に最初に出会うシーン。
これならもう、ゲームをやれと言いたくなるところだが、乙成に言わせれば最初に感じた恋心を、蟹麿生の声バージョンで追体験をしているのだそうだ。これがしたいが為に徹夜で台本を作ったらしく、本当に何をやっているんだと呆れてしまった。
蟹麿(前田)『悪いが、今は客人の相手をしている場合ではない。あんたたち連盟の人間が、わざわざ訪ねて来る様な事は何もないぞ』
主人公(乙成)『私達は各地で起こっている異変の調査に来ました。ここに、
蟹麿(前田)『ッ……! 猿島祐天……! そんな薄汚い猿の事など、知らん』
主人公(乙成)『え……薄汚い猿って……』
蟹麿(前田)『思い出しても腹が立つ……祐天め……僕の大事な書物の最後のページに落書きしおって……! とにかく、そんな奴の事は知らん。悪いが帰ってくれないか』
主人公(乙成)『絶対知ってるこの人!!!』
めちゃくちゃ楽しそうにしている乙成。俺に蟹麿のセリフを言わせるだけじゃ飽き足らず、自らも登場人物になりきるとは……しかしこの後のシーン、猿島祐天が登場するのだが、乙成はどうするんだ?
そんな事を考えていると、またしても乙成から鋭い視線が飛んでくる。俺は急いで次のページをめくって蟹麿のセリフを読み上げた。
蟹麿(前田)『僕は忙しいんだ。今調合している蟹麿特性花火の威力を試そうとしている所で……これが完成すれば、今度こそ祐天の奴をぎゃふんと言わせてやれる……問題は着火から爆発までの時間だな……』
主人公(乙成)『ぎゃふんって……それを使って一体何を?』
蟹麿(前田)『決まっている。これを食わせるか突っ込むかして祐天の中で爆発させる』
主人公(乙成)『ええ?! そんな事したら危険ですよ?! それに突っ込むってどこに……』
蟹麿(前田)『それはケ……ゲフンゲフン! とにかく、僕はこれを何としても完成させないといけないんだ! あんたたちの相手をしている暇はない!』
……ここまで読んでも謎なのが、こんな話でこいつを好きになる奴なんかいるのか? 運営陣がどんな思いでこのシナリオを考えたのかを問いたい。
「はぁ〜まろ様って本当に素敵です……」
居たわ。初登場でケツに花火ぶち込もうとしている奴を好きになる女。俺が知らないだけで、世の中の女子ってこういうの好きなの?
「てか、この後のセリフは猿島祐天が出てくるけど、ここも乙成が朗読するの?」
「そうなんですよね……私の声じゃリアリティが出ないっていうかぁ……」
ガチャ
その時、不意に追い出し部屋の扉が開いた。
「よぉ前田! 乙成ー! まーたこんな部屋でコソコソ怪しい事してんのかー?」
意気揚々と部屋に入って来たのは滝口さん。滝口さんを見た途端、何かを閃いたかの様な顔をする乙成。
おい……まさか……
「滝口さん! 丁度いい所に!」
「んあ?」
「逃げるんだ! 滝口さん!!」
敢え無く乙成に捕まる滝口さん。ついにこの世界に、滝口さんまでも巻き込む事になろうとは……
「……という訳です! ですので滝口さん! 台本をどうぞ!」
「……」
ほらやっぱりドン引きしてるよ……なんでか分からないけれど滝口さん、椅子に縛り付けられてるし……こういう時、妙に手回しが良い乙成が怖い……
「……前田、お前いつもこんな事を?」
「え? ま、まあ色々と事情がありまして……」
「そういう事なら……」
そう言うと、滝口さんは縛られていた筈の縄を解いて、勢いよく立ち上がった。
「滝口さん……! やっていただけるんですね!」
「帰る!!!!!」
背景にドンッ! って効果音が付く程はっきりと言い放って、滝口さんは出口に向かって歩き出した。
ピラッ
その時、乙成が懐から何やら紙を一枚取り出して滝口さんに見せつけた。
「フフフ……そんな事は計算ずくです。この時の為に取っておいた、何でも言う事を聞いてやる券……滝口さん、忘れたとは言わせませんよ?」
それはかつて滝口さんが、乙成の誕生日プレゼントであげた「何でも言う事を聞いてやる券」だった。
「なっ……!」
「さぁ! 続きから行きましょう! 前田さん、最後のセリフをもう一度!」
こうして、見事滝口さんを巻き込んで蟹麿劇場が開幕した。
蟹麿(前田)『とにかく、僕はこれを何としても完成させないといけないんだ! あんたたちの相手をしている暇はない!』
「おお〜前田演技上手いなぁ。本物の声優みたい」
「滝口さん! 真面目にやってください!」
隣で感心していた滝口さんを、乙成が一喝する。そのあまりの気迫に流石の滝口さんも、これは真面目にやらないとヤバい……という事に気が付いた様だった。
「次、滝口さんですよ」
乙成の冷やかな目線が怖い。無理矢理やらせているくせに、なんでこんな高圧的でいられるんだ?
滝口さんはパラパラとページをめくって、猿島祐天のセリフをひと通り確認すると、深く息を吸って演技の体勢に入った。
祐天(滝口)『お? なんだぁ? 蟹麿、面白そうなもん持ってんじゃん! 俺にかーしてっ』
ナレーション(乙成)『その時、私達の視界を何かがスッと横切った。それと同時に、目の前の銀髪の彼が持っていた花火が彼の手から跡形もなく消え去っていた』
蟹麿(前田)『祐天……! お前! 何を?!』
祐天(滝口)『こんな焚き火の近くで遊んじゃいけねぇよなぁ〜。ってなわけで!』
主人公(乙成)『え?! 嘘?! 花火に火が! こっちに来る!!』
蟹麿(前田)主人公(乙成)『『うわああああ/キャアアア!』』
祐天(滝口)『うひゃひゃひゃひゃひゃ! こいつぁ面白えや! 蟹麿ー、もっと走れー』
ナレーション(乙成)『その後、私達は突然現れた変な笑い方の男の人に、散々走らされた。息も絶え絶え……隣の銀髪美男子も同じ様に息があがっていた』
主人公(乙成)「なにこれ……聞いてた話と違う。本当にここはさるかに合戦の舞台? まさか、これが異変?! それに、さっき祐天って……まさかこの人が?」
祐天(滝口)『お? お前、俺に用事があって来たのか? 俺が猿島祐天だよ! んで、そっちの青白いのが……』
蟹麿(前田)『兜々良蟹麿だ』
主人公(乙成)『え?! 猿に蟹……って事はあなた達がさるかに合戦の?』
祐天(滝口)『そ! ついでに言うと、これはいつも通りだから別にあんたが調べ回ってる異変じゃないよ』
蟹麿(前田)『くそ……祐天め……次こそは必ず……!』
主人公(乙成)『ええー!? どういう事ー?!』
FIN
「お疲れ様でしたー! 滝口さん、良い演技でしたよ!」
台本を置いて盛大な拍手を送る乙成。その隣では、すっかり生気の消えた滝口さんと、巻き込んでしまった事に、何故か申し訳なさを感じる俺がいた。
「いいですねー滝口さんもちょっと祐天みがある声で! こんなに演技が出来るなんて意外でした!」
「オレは学生時代、演劇部にいたんだ……殆ど顔出さなかったけど。台本を渡されるとつい本気で演技しちまう……クソ!」
こんな所で意外な経歴が活きた滝口さん。でも相当恥ずかしかったのか、しきりに机を殴りつけている。
「うんうん、いいですよ! お二人揃ったら次は、これ行きましょう! みんな大好きBLもので……」
「「それだけは絶対に嫌だ!!!!!!!」」
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