第124話鈍感系主人公からの脱出

 どうやら俺は、鈍感系主人公らしい。全然気が付かなかったが、それが俺の特性だそうだ。


 乙成達が帰った後、俺は理由も分からずとりあえず滝口さんに連絡をしてしまった。滝口さんなんぞに連絡してしまうとは、俺も相当動揺していたのだろう。そして電話口で言われた事、それが鈍感系主人公という言葉だった。


 それってあれだろ? 漫画とかでよくある様な、恋愛モードに突入した途端に察しが悪くなるキャラクターの事だろ? 例によって例に漏れず、俺もそのテンプレートに乗っかってしまったと言う事か……。


 ともあれ、滝口さんに改めてダメ出しを受けて、俺は完全にいつもの調子を取り戻した。多分これは、とりあえずをやっておこうかという、何かしらの意思が働いた結果だな。もう俺は流されない。俺は真っ直ぐ乙成だけを見て行くぜ!!!



「あ、前田くん。探してた本ありましたよ」


「ありがとうございます……あの、美作さん? 重いし暑苦しいので、離れてもらえますか?」


 流されないと誓ってはみたが、今の俺が置かれている状況は、先に述べたものとはだいぶ異なる状況だ。

 いつもの仕事終わり。やはりこの日も美作さんは俺の会社までお迎えにやって来た。先日の一件以来、俺の事を諦めてくれるかと思ったのに、何事もなく俺の会社にやって来た。この人のせいで、会社の知らない女性社員何人かにジロジロ見られた。しかも嫉妬のこもった目で。なんで俺が、女性達の目の敵にされないといけないの?


 そんな訳で俺の事を迎えに来た美作さんは、俺の用事で立ち寄った本屋までついて来た。


 そして今


 俺が熱心に本を探している後ろで、この男は俺の肩の手を置いて、俺の背中に自身の身体をぴったりとくっつけている。見つけた本が高い所にあったもんだから、ほとんど俺を後ろから抱き締める形で本を取ってくれた。その様子を、近くにいた女子高生がヒソヒソと何かを話しながら見ている。


 世の女性達の萌えポイント。身長の高さを活かしたちょっと頼もしい姿と不意にやって来る距離の近さにドキドキさせるテクニック。これを素でやっているのかは謎だが、俺はそんな事にドキッとはしないぞ。むしろ身長差を見せつけられて腹が立つまである。この人、俺をからかって楽しんでない?


「でも僕は、前田くんのなので」


「認めないです! てか、普段からこんなに距離感バグってるんですか?」


 俺からしたら、美作さんの言う「彼氏」は妄言でしかないのだけど、居合わせた女子高生はそうと思ってくれない。彼女達はなんだか嬉しそうにキャーキャー言って、近くで立ち読みしているおじさんに睨まれていた。うう、ごめんよおじさん……。


「前田くんはこういうのお嫌いですか? こうされるのが好きなんだと思ってました」


「いや、相手がおかしいから……みんなって言うけど、それって何処情報っすか……?」


「あいりの部屋にあった漫画とか本の男性は、こんな感じでベタベタしてました」


 蟹麿だ……! くそ蟹麿め! あいつのせいで、俺は今美作さんにベタベタされていると言うのか……恨むぞ蟹麿……


「あ」


 俺と美作さんがウロウロと店内を散策していると、本棚の角を曲がった所で乙成とばったり出くわした。丁度、美作さんが俺と旅行に行きたいなどと言い出して抵抗しているタイミングだった。そんな俺達を、乙成はいちゃついてると勘違いしたのか、ちょっと表情が曇る。


「前田さん……光太郎さんも……また二人でいる……」


「乙成! 違うんだって! この人俺に粘着してて……」


「前田くん、軽井沢とかどうです?」


「あんたはマジで黙っててくれ!」


 いつの間にか軽井沢の旅行雑誌を持って俺の隣に立っていた美作さんを、ちょっと強めに言って黙らせた。おい、そんな顔するなよ、俺が悪いみたいじゃん。


「それ、の本? 乙成、またぬい作るの?」


 乙成が大事そうに抱えていたのは、推しキャラを生み出す為に必要な刺繍のやり方なんかが書かれている本だった。公式が出すグッズだけでは飽き足らず、自作までしだすんだから、オタクってすげえや。


「あ、はい! ちょっと今回のぬい製作に行き詰まってまして……いいアイデアがないかなって思って……」


 なんだか歯切れの悪い乙成。俺が本に注目すると、サッと隠されてしまった。


「そ、そっか。出来たらまた見せてくれな?」


「! それはもちろん!! じゃ、じゃあ私はお先に……あと光太郎さん?」


「はい、なんでしょう?」


「お母さんが、最近光太郎さんの帰りが遅いってボヤいてたよ? 前田さんと遊んでないで、早く帰ってあげて!」


 麗香さんの名前を出されて、美作さんの目に少しだけ焦りの色が見えた。やっぱり麗香さん一筋なんじゃないか。俺なんかにかまってないで、さっさと麗香さんの元へと帰って欲しいものだ。


「それはマズイですね……他に何か言ってました?」


「光太郎さんが帰ってくるのが遅くて暇だから、新しいお茶を試作するって……」


「帰ります。前田くん、また会いに来ます」


 "お茶"というワードを出されて我に返った美作さんは、びっくりするくらいあっさりと帰ってしまった。その様子を呆然と眺めていると、後ろで乙成がクスクスと笑いだした。


「ふふ、光太郎さんって本当にお母さんのお茶が嫌いなんですね」


「え、今のって嘘?」


「半分本当です! お母さんは常に新しいお茶を生み出そうとしてるので!」


 新しいお茶ってなんだよ? 前々から気になっていたけど、お茶ってそんなに作り方のパターンあんの? 絶対に茶葉以外の物が入ってるんだろ。


「でもこれで、お邪魔虫さんが帰ってくれたので良かったです!」


「え?」


 ちょっとだけいじわるな顔で笑う乙成。いくら鈍感系主人公な俺でも、その言葉の意味は分かって肌が熱くなった。


 

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る