第123話好感度のパラメータが忙しい

「わ、分かったって! ちゃんと食べるから、二人してそんな怖い顔しないで!」


 何故だか分からないが、美作さんと乙成のお弁当対決みたいになってしまった。美作さんに至っては麗香さんに手伝ってもらったというから、反則みたいなものだが、とにかく俺がどちらが美味しいかをジャッジしないといけないらしい。


「前田さん、正直に言ってくれて良いんですからね? 私のサンドイッチの方が美味しいって!」


「え、ああ……うん」


「前田くん、あいりに遠慮しなくて良いんですよ? 麗香さんの唐揚げは本当に美味しいんです。これを食べたら、君もきっと麗香さんを好きになりますよ」


「は、はあ……うん?」


 俺を間に挟んでバチバチと火花を散らす二人。かつてこの二人が、こんなに敵対し合っていた事があっただろうか? てか、なんでこんなに敵対し合ってるの? なんかあった? あと、俺が麗香さんを好きになったら、それはそれでややこしい事になるだろ。


 まずはじめに、乙成のサンドイッチに手を伸ばす。とても美味そうなサンドイッチだ。様々な具材を使って、数種類のサンドイッチがギッシリと弁当箱に詰まっているが、その中でも俺が一番食べたかったのは、何と言ってもオールパストラミビーフサンドだ。


 軽く焼いてある全粒粉のパンに、ギッチギチに挟まれたパストラミビーフ。他のサンドイッチはレタスやトマトなんかを入れて彩りを良くしてあるが、このパストラミビーフサンドだけは一切無駄な物が入っていない。彩りとはかけ離れた、全て茶色だ。そうだよ、緑なんかいらねえんだ。え、乙成も前世アメリカ人? 良く分かってやがるぜ。


 勢いよくかぶりつくと、塩漬けされた肉の旨みが口いっぱいに広がる。この薄くスライスされた肉なのが良いんだよ。噛むたびに広がる黒胡椒の香り。使ってるマヨネーズはからしマヨネーズだ! 最高だよ……からしマヨネーズってなんでこんな美味いんだ? 世の中の全てのマヨネーズはからしマヨネーズになるべきだ。それで世界が平和になる。シンプルなのにいくらでもいける。パストラミビーフサンドは、完全食なのだ。


 おっと。いくら美味いからって、パストラミビーフサンドばかり食べてちゃいけない。今度は美作さんが持ってきた唐揚げの番だ。

 流石としか言い様がないが、こちらもめちゃくちゃ美味そうに揚がっている。まずは定番の醤油唐揚げだ。これを作る為に、下準備にどれだけ時間を使ったのだろうか? 噛む度に肉汁と醤油の旨み、生姜やにんにくの風味までしっかりと感じる。ちなみに俺は塩唐揚げが一番好きだ。シンプルな中にしっかりと旨みを感じる、適当に作ったのでは、決して美味しい物にならないあの感じがたまらなく好き。

 その点では、麗香さんの唐揚げも例に漏れず、絶品である。シンプルな塩唐揚げだけではなく、あおさをふんだんに使ったのり塩唐揚げに、わさびの爽やかな風味を感じられるわさび塩唐揚げまである。乙成といい、この親子は食に関して非常にポジティブだよな。こんな物を常日頃食べられる環境にいる美作さんが羨ましくなってしまった。


「前田くん、美味しいですか?」


「はひ! おいひいれす!」(はい! 美味しいです!)


 俺が口いっぱいに唐揚げを頬張りながら返事をすると、隣に座る美作さんがフッと微笑む。普段とは違う、リラックスした表情。片膝を立てて、覗き込む様な姿勢で俺の事を見てくる。普段割とカチッとしている美作さんの、非常に珍しい砕けた姿だ。え……なんでそんな優しい笑顔向けてくるの?


 不覚にも、変人美作さんにときめいてしまった。人間性には難しかないが、なんてったって顔が良い。人間、美しいものには無条件に惹かれる様に出来ているのだ。俺がどうのこうのという問題ではない。だから仕方ないのだ。


「ふふ、前田さんったら、口にマヨネーズつけてますよ? ほら!」


 そう言って、今度は乙成が俺の頬を優しくおしぼりで拭いてくる。こちらは無条件にドキッとする。ゾンビなのにな。春の陽気に相応しくないほどの灰色なのに可愛いなんてどういう事だ? 世の中の美醜の価値観を変えてくるなよ。


 どっちのお弁当が美味しいか対決ではあるが、正直、どちらが勝っているかなんて選べない。どっちも美味い。あとなんでこいつら食べ物以外で魅力アピールみたいな事してくるの?


「前田さん、いかがでした? お腹いっぱいになりました?」


「うん、二人とも美味しかったよ! でもなんで二人とも、争ってるの?」


 俺のこの発言に、それまで朗らかな笑顔を向けてくれていた二人が急に固まった。え、何? 俺なんか言った?


「前田くん、それ本気で言ってるんですか?」


「? 本気も何も、二人とも普段は仲良いじゃないですか? それなのに、急にどうしたんだろうって思って……」


 二人とも、なんとも言えない表情で俺の事を見てくる。少し憐れみのこもった目だ。俺は、そんな二人を見て余計に不安な気持ちになってしまった。


「あいり、前田くんはこんなにも絵に描いた様に鈍感なのですか?」


「うーん……察しは良い方だと思っていたんだけど……」


「え?! 何?! なんで二人して、そんな変な目で俺を見るの?!」


「前田くん、今時鈍感系主人公なんて流行らないですよ」


「は?!」


 なんかよく分からないけど、多分美作さんにダメ出しをされた。


「そうですよ! どっちにもいい顔なんて、そんなのズルです!」


 乙成までなんか知らないけど怒っている? 俺が何をしたと言うんだ……!


「いるんですよね、恋愛物の小説とかゲームなんかで、急に察しが悪くなるキャラクター。前田くんがどういうつもりか知らないですけど、なんか興ざめです。帰りますか、あいり」


「そうだね……前田さん、ちょっとは頭を冷やしてください!!!」


「え?! 乙成まで帰っちゃうの?! なんで?! ねえ?! なんで?!」



 先ほどまでの敵対関係とは一転して、今度は二人して俺をディスった挙げ句、そそくさと二人は荷物をまとめて帰ってしまった。



 取り残された可哀想な俺。そんな俺を、春の陽気だけが暖かく見守ってくれていた。


 


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