第105話クセ強の民
美作さんが会計を済ませている間、俺はする事もないので、とりあえず売り場をフラフラと歩いて見てまわる事にした。全く、結局自分の目当ての物も買えないで、人の買い物に付き合っただけじゃないか。
それにしても人に何かをプレゼントするのって、こんなに悩むものなんだな。何をあげたら喜んでもらえるのかなんて、ぶっちゃけよく分からない。みんなどうやって選んでいるのだろうか……? みんなコミュニケーション能力高くね? 相手の欲しい物が分かるなんて、能力者かよ。
「ん?」
そんな事をウダウダ考えながら歩いていると、あるショーケースの前で足が止まった。
その中には女性向けと思われる可愛らしいアクセサリー達。花やハートのモチーフの指輪やネックレスなんかが売られている。その中に一つ、小さな花があしらわれたブレスレットがあった。決して派手ではないが、黄色や赤、白などの花の飾りが可愛らしい。ゴールドのチェーンが角度によって少しキラキラしているのもいいな。え、これなんか良いんじゃない? 乙成って、アクセサリーとか着けるタイプかな? でもこれなら似合いそう……。
「お困り、ですか?」
俺がショーケースの中を凝視していると、俺の前から顔だけズイッと近付けて男性が話しかけてきた。その人は、坊主頭でバチバチにピアスを開けており、薄っすら化粧をしている。きっと何処かのブランドなのだろうが、シワひとつないデザイン性の高いスーツに身を包んでいる。色は黒なのでそこまで派手ではないが、なんか個性的なタイプの人なので結構目立つ。
店員さんは、この見た目からは想像がつかない程の柔らかい口調と垂れ下がった目尻で優しい笑みを浮かべて俺を見ている。
「あ、いえ……ちょっといいなって思って見てただけで……」
店員さんはにっこり微笑みながら、ショーケースの中からブレスレットを取り出し見せてくれた。その時初めて気が付いたのだが、手首ギリギリまでびっしりとタトゥーも入っている。と、東京の多様化が止まらねえ……!
「このブレスレットのチャームは、笑顔を見せてという花言葉を持つ花をモチーフにデザインされた物になります。この花は他にも花言葉を持つ花でして、静かな勇気や援助の申し出、なんて花言葉もあるんですよ」
「へえ……」
その見た目とは裏腹に、なんか凄い所作が丁寧な店員さん。心地よい声のトーンが聞いていてリラックス出来る。この人、一体何者?
「通常、この花はあまりジュエリーのモチーフに選ばれる花ではありません。このブランドのデザイナーは、自然をテーマにした作品を多く作っておりまして、こういった、日の当たりにくい草木をモチーフにする事で、繊細ながら挑戦的な、メッセージ性のある素敵なジュエリーを私たちに届けてくださるのですよ」
「なるほど……」
この人の話、ずっと聞いてられるかも。こういった所によくある、押し売りに近い接客じゃなくて、あくまでブランドが持つ良さを提案してくれている。あと、俺はアクセサリーって言ったけど、これはジュエリーなんだな。違いがよく分からん。
「すごい詳しいですね……!」
「いえ、恥ずかしながら私も、このデザインを見るまではモチーフに使われている花の事を知りませんでした。調べたら、エッセンシャルオイルが有名だそうで、毎晩湯船に数滴垂らして使用しております。不安や緊張をほぐしてくれる効果があるんですよ。この花が持つ意味と同じ様に、少し前向きで、心にホッと静かな勇気を与えてくれる不思議な力があります。このブレスレットは、普段気丈に振る舞う、優しくて可憐な方に待っていて欲しい、それこそ過去の不安を取り払って、これからも笑顔を見せていって欲しい方にぴったりなジュエリーだと思います」
て、店員さん……! なんて接客上手なんだ! 俺、この人からならジュエリーと言わずなんでも買ってしまえる自信があるよ! 最初こそ怖い人かと思ったけど、人は見た目じゃないんだね! 毎晩エッセンシャルオイル垂らした風呂に入ってるんだぜ? 怖い人が、そんなフェミニンな日課を過ごしていないよ!
「前田くん、お待たせしました」
俺が店員さんの話術に感動して打ち震えていると、会計を終えた美作さんがやって来た。美作さんは俺と店員さんの顔を交互に見て不思議そうな顔をしている。なんだ? この人はヤバい人なんかじゃないぞ? あんたの方がよっぽどヤバい人なんだからな!
「お連れの方がいらしたんですね。私がお客様の足を止めてしまったものですから」
「あ、いえ! そんな事ないですよ! 俺が気になって見てただけなので……」
もう! 店員さん遠慮しちゃってるじゃん! やめろよ変なタイミングで現れるの! 俺と店員さんの美しいひとときを返せ。
「……行きますか?」
店員さんに何か言葉をかける事もなく、美作さんは俺の方を見ながら一言そう言った。そういう所、美作さんってそういう所あるんだよ。
「そ、そうっすね……!」
美作さんに促され、俺も今日の所は帰る事にした。本当だったらもう少し、店員さんとおしゃべりをして、あのブレスレットを買うか本気で考えたかったけど。
「またのお越しを、お待ちしておりますね。
て、店員さん……! 美作さんの声掛けを聞いた一瞬で、俺の名前を覚えてくれたんだな。好き。俺、この人になら抱かれてもいいわ。
後ろ髪を引かれる思いで、俺は売り場を後にした。絶対にまた来よう、あの人になら、全てを捧げてもいいわ。
******
「前田くん、今日はとても楽しかったです。買い物に付き合ってくれて、ありがとうございました」
デパートの前で美作さんは俺に別れの挨拶と今日のお礼を言った。端から見ると、少し儚げな印象を受ける柔らかい微笑みを向けるいい男だ。その証拠に、今日売り場を歩いていても、今デパートの前で話していても、通り過ぎる女性の目線が美作さんに注がれているのを感じる。みんな知らないんだよなあ……この人が狂ってるって。
「目当ての物、買えて良かったですね」
「前田くんは、あのブレスレット買わなくて良かったんですか? 随分熱心に、店員さんの言葉に耳を傾けていましたけど」
ちゃんと見てたのか。案外抜け目ないな。
「ああ、いや、どうしよっかなーって迷ってただけなんで! 他にも良いのがあるかもなんで、もっとよく探してみますよ!」
美作さんは、相変わらず感情の読めない顔で俺の事を真っ直ぐ見つめている。なにか思う事があるのだろうか、買い物をしていた時より心なしか鋭い目をしている気がする。
「前田くん、僕は君とあいりが親しくするのを、あまりよく思っていません」
え?! いきなり何を……いや、それはなんとなく分かってたけども。
「そ、それは気付いてます」
「単純に、君が男で童貞だからって理由じゃないですよ? 君がたとえ女であっても、僕は同じ様によくは思わなかったでしょう」
「それはなんでですか?」
真剣な表情の美作さん。童貞なのは余計な一言だとは思うが、そこには触れないでおこう。そんな事より、なんで美作さんはこんなにも、俺を敵対視するのかだ。単純に、お父さんとか過保護な兄みたいなキャラ位置なだけじゃないって事?
「僕は、あの子が……あいりには
「もう……? 泣くってどういう意味ですか?」
美作さんは、何かを思い出している様な、少し悲しい目をしている。俺の質問にも答える事もなく、そのままくるっと踵を返してしまった。
「僕が言いたかった事は以上です。前田くん、気を付けて帰ってください」
めちゃくちゃ気になる言葉を吐き捨てて、そのまま去っていく美作さん。デパートの前に取り残されたまま呆然とする俺。え、これはどういう事?
もう泣いて欲しくない……?
乙成に昔、何かあったって事か?
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