第104話危険な匂いのする男
こうして、俺と美作さんは二人でおしゃれなデパートの売り場を見てまわる事となった。本当は一人でゆっくり考えたかったが、仕方がない。俺はなんでこう、いつも間が悪いのだ? 東京って、こんな狭かったっけ? なんでこんなピンポイントで会いたくもない人に会わないといけないのだ。
何はともあれ、今は美作さんの相手ばかりをしている場合ではない。ちゃんと真剣にお返しを考えないといけないのだ。
「ところで、美作さんはもう何を買うのか決めているんですか?」
相手ばかりをしていられないと言っても、フルシカトしてプレゼント選びをするわけにもいかない。俺も大人だ、来月25になるしな。それなりに会話を弾ませながら、自然な素振りを演出する事だって出来る。腹の内では色々思う事があっても、決して顔には出さない。そう、俺は大人なのだ。
「麗香さんは、お茶が好きなので紅茶をいくつかプレゼントしようかと。あいりには……いつもの様にハンカチをあげます」
「いつもの様に?」
「はい。毎年ホワイトデーに、あいりにはハンカチをプレゼントしています。もう何年も続いている事なので、今さら他の物に変える気にもなれなくて」
なんだ、案外普通のプレゼントを渡すんだな。なんとなくこの人のイメージでヤバメな物をプレゼントしそうって思ってた。
「前田くん今、僕が普通のプレゼントをあげようとしている事に、ちょっとびっくりしてましたよね?」
ギ、ギクゥ……ッッッ!
「え? いや、そんな! ああ……でも……まぁ、はい」
「もっとヤバいプレゼントを送りたくなったら、こんな普通のデパートには来ないので安心してください」
「ふ、普通じゃないデパートがあるのか……」
あれ? 意外と会話、弾んでる? 美作さんって、もっと狂人な感じのオーラ纏ってる人じゃなかったっけ? なんか今日は大人しいな。もしかして、体調悪い? 風邪か? パブロンなら持ってるんだけど。
「ところで、前田くんは何を買うんですか? まさか何も考えずに、こんな洒落たデパートをフラフラしていた訳じゃないですよね?」
急に美作さんから痛い質問が飛んできたせいで、俺はうわずった変な声を出してしまった。ヤバい……何にも考えてない事がバレてしまう……。
「全くこれだから……いいですか前田くん。何事もちゃんと目標を明確にして事にあたらないといけませんよ? そんなんだから君はいつまでも童貞なんですよ」
「はぁ……って、なんで美作さんがそんな事を知ってるんですか?! まさか乙成が?!」
「あいりは童貞なんて言葉は使いません。だいたい見たらわかりますよ、君が童貞な事くらい。もう目つきとか、童貞のそれですもん。汚らわしい事この上ないです」
乙成も前に童貞って言ってたよな……? いやいやそんな事はいいとして。酷くない? 目標がないだけでここまでディスられる事ある? さっきまでの普通の人っぽさはどこにいったんだよ? パブロン飲んだ?
「そういう美作さんは、何事にも目標を持って生きてるんですか?!」
「僕ですか? それはもう、ちゃんとした目標がありますよ」
負けじと言い返したが、美作さんにあっさりと返されてしまった。この人の目標ってなんだ?
「僕の中では、将来郊外に家を買って、麗香さんとあいりの3人で暮らす事が目標ですね。目標っていうより、そう遠くない先のビジョン、展望といった意味合いが近いです。僕が彼女達の生活費を稼ぐので、二人には毎日家で僕の帰りを待っていて欲しいです」
「ひぇっ……! そ、そんな……じゃあ乙成に仕事を辞めさせるって事ですか?」
「そうですね。だいたい僕は、就職も一人暮らしも反対だったんです。でも麗香さんが、独り立ちするあいりを応援したいと言ったので。僕の気持ちとしては、働きもせずに、生涯実家に寄生していて欲しかったです。僕と麗香さんでグズグズに甘やかして、社会復帰出来ないくらいに依存させたかったのですが、あいりも麗香さんもしっかりした人達だったので、仕方なく……」
残念そうに下を向く美作さん。その横顔は憂いをおびていて、とても綺麗だ。
今日ので分かった。この人は本当に危ない人だ。何年かに一回、割と洒落にならない事件を起こしてニュースになるタイプの人だ。なんで世間は、こいつを野放しにしているんだ?
結局、美作さんがいる事でちゃんとプレゼント選びが出来なかった。特設スペースで売られているお菓子を買おうか? なんて考えが浮かびもしたが、自分的にしっくり来ていない物を買う気にもなれなかったので、今日の所は何も買わずにいる事にした。
隣で何回も美作さんに「買わないんですか?」と聞かれまくったが、仕方がない。というより、あんたのせいでゆっくり見てまわれないのだ。
まだホワイトデーまで時間あるし、もう少し考えて今度は一人で買いに来よう。いや、今日も一人だった筈なんだがな。
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