第134話戦場(婚活パーティ)

 ついにこの日がやってきた。休みの日なのにも拘らず、俺はスーツを着ている。休日出勤という訳ではない。


 今日は婚活パーティの日だ。最初私服でもいいのかと思っていたが、事前情報によると、このパーティはドレスコードなるものがあるらしく、男女共にフォーマルな装いで来る様にとの指示があった。なので俺は、休みの日まで着たくもない堅苦しいスーツに身を包んでいる訳だ。おまけにこの日の為にクリーニングまで出した。こんな事までしたんだから、四月一日さんには感謝してもらいたいものである。


 朝霧さん達とは、会場で落ち合う事になっている。一応、知り合いという事は伏せた状態での参加だ。真面目に婚活に励む人達の邪魔にだけはならない様にしないと。


「よおー! 前田ァ!」


 会場近くのコンビニで、滝口さんと合流した。今日の俺達は、職場では全くと言っていい程出会いのない二人組という設定である。正直、なんで俺達まで婚活パーティに参加させられるのか疑問ではあるが、朝霧さん的には何か策があるのだろう。


 それに、今日のパーティは乙成も参加する。乙成はゾンビだけど、贔屓目に言っても可愛らしい女性だ。声をかけてくるモブAやモブBから、俺が守ってやらなければ!


「なぁなぁ! パーティって食いもんも出るのかな?!」


 合流して、早速会場へと向かった俺達。受付を済ませて、プロフィールカードなるものを書いている途中で、滝口さんが今日のパーティについて質問してきた。

 

「お酒とかは出るでしょうけど……なんやかんやいって、そこまでちゃんとした食事は出ないんじゃないですか?」


「マジかよ~まぁ、酒が飲めるならいっか!」


 俺がプロフィールカードのニックネームを何にしたら良いのか悩んでいる中、滝口さんの心配事と言えば、食べ物か酒だけだ。本当にこの人は、緊張感の欠片もない人間だ。


 ええっと……しゅ、趣味? 最近気になる事? なんだよこれ……そんなもんねえよ……。みんな知っての通り、俺は無趣味無個性人間だ。こんな所に書けるだけの情報なんざ持っていない。普通の人って、そんなスッと趣味とか出てくるもんなの? 滝口さんは適当に書いたのか、横で暇そうに俺が書き終わるのを待ってるし……。そんな真剣に書く必要ないって分かってるのに真面目に書いちゃう。俺は自分の生真面目さに、我ながら感心してしまった。


「あ! 来たわねえ!」


 なんとかプロフィールカードの記入を終え、パーティ会場へと足を踏み入れた。

 恐らくまだ始まっていないというのに、会場内はすでにいくつかの男女のグループが出来ている様だ。なるほど、一人参加者もいる様だが、今グループになってる人達は友達同士での参加者達だな。で、同じく友達同士で来ている異性の所に話しかけに行ってると。


 俺達を見つけるなり、シャンパン片手に近付いてくる朝霧さん。その後ろには、この場の雰囲気に馴染めない様子でオロオロしている乙成と四月一日さんがいる。


「朝霧さん! 他人のフリするんじゃないんですか?」


 意気揚々と髪をかきあげ話しかけてくる朝霧さんに、後ろから乙成がヒソヒソ声で周りを気にしながら注意をする。


「なぁによう! こんだけ人がいるんだもの。どうせ私達なんか見ちゃいないって! ねぇ、それよりどう?! 四月一日ちゃん! 今日の為におめかししたのよ?」


「え?」


 そう言われて、朝霧さんの後ろで自信なさげに縮こまっている四月一日さんを見て驚いた。確かに普段の雰囲気とは違う。いつもみたいなフリフリの重ね着はしておらず、髪の毛も綺麗にまとめられている。服も結婚式で着る様な、淡いクリーム色のドレスだ。いつも通り眼鏡をかけているので表情は読み取りづらいが、普段の時よりずっと可憐な印象を持った。


「あらぁ? 前田。四月一日ちゃんに見とれちゃってるわね? まぁ四月一日ちゃん、とってもいいを持ってたみたいだから無理ないか!」


 そう。普段は重ね着に重ね着をしているスタイルなのでよく分からなかったが、四月一日さんの上半身、鎖骨の下辺りに鎮座する二つの山、恐らくこの作中では一番立派な姿形をしているであろう。……え? 分かりにくい? 下品な言い方に変えると乳がデカい。胸元は開いていないタイプのドレスなのに、そのデカさがはっきりと見て取れる。


「ちょっと、前田さん?!」


「え?! 何?! み、見てないよ?! 本当に! マジで!」


 ほんの一瞬だけ、四月一日さんの胸元に注目してしまっていた所を、横から乙成に咎められた。そこで改めて乙成の姿を見たのだが、乙成も今日の為に髪の毛をまとめてピンクのドレスを着ている。胸元は四月一日さんと比べるとさみしい物ではあるが、乙成も負けず劣らず可憐だ。肌が灰色なのを差し引いても、乙成がこの中で一番可愛いんじゃない?


「うう……布が足りない! 私、酷い冷え性なんですよ……! 布、何か布をまとわないと死んでしまいます……!」


 見た目は変わっていても、やはりいつもの四月一日さんだった。四月一日さんは今にもそこら辺のテーブルクロスを引っ剥がして身体に巻き付けかねない状況である。そんな四月一日さんを、朝霧さんが喝を入れる。


「四月一日ちゃん! もう観念なさい! ホットドリンクもあるから、生姜湯でももらって男を捕まえるのよ!」


「大変お待たせいたしました! これより婚活パーティを開始いたします! 皆様、本日は心ゆくまでこの素敵な出会いの場を楽しんでいってください! はい、では皆さんも一緒に……恋人を見つけるぞおおおおお!!!!!」


 ワァァーという歓声と共に、パーティがスタートした。俺はこの寒すぎる司会者のテンションと会場の熱気に、今からの二時間が不安で不安で仕方がなかった。

 

 

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