第133話ベルトコンベアー方式

「ええ?! わ、私ですか?!」


 思わぬ四月一日さんからのお願いに、驚きの余り大きな声を出す乙成。冗談だろと言いたげな、その大きな瞳を見開いて四月一日さんを見るが、四月一日さんの目は本気だ。いや、眼鏡キャラなので目はあんまりよく見えないが、眼鏡がキラリとあやしく光っている。これは本気なのだろう。


「あいりん殿……! こんな事を頼めるのは、あいりん殿しかいないのです! 私の知人の中では、あいりん殿が一番、人付き合いが得意なのですよ?! 男性とも交流がありますし! それに今だって、ご友人達を招いてパーティしてるじゃありませんか! このパーティも婚活パーティも同じですよ!!」


「ええ?!」


 四月一日さんのめちゃくちゃな言い分に、ますます困惑する乙成。流石にこの集まりを婚活パーティと同じとするのは無理があるだろう。


「はあ……あのね、四月一日ちゃん? 今日のは、婚活パーティとは全然違うわよ? それに、婚活パーティに乙成ちゃんを連れて行ったって、どうせ席についたら離れ離れになっちゃうじゃない?」


「うう……今回、母が申し込んだパーティはの物とは違うと言いますか……」


 朝霧さんの質問に、四月一日さんがモジモジと応える。自信無く、語尾が小さくなっていく所を見るに、何か言い出しにくい事があるのだろうか。


「実は、私が行く事になってしまったパーティは、都内でも特段規模の大きい、立食パーティ形式の婚活パーティなのですよ……男女あわせて二百人以上の参加者がいるそうで……。私、コミケ以外でそんな人がたくさんいる所に行った事ないんです。しかも参加者が自由に声をかけ合うパーティなんて……誰とも口を聞かず、一人隅っこでウーロン茶を飲んでいる姿がありありと想像出来ます……」


 ああ……それめっちゃ想像つくわ。キラキラした参加者達を後目に、一人でウーロン茶片手に壁と一体化する四月一日さん。影が入り過ぎて、配膳スタッフすらその存在に気が付いていない所まで目に浮かんだ。


「それは厳しいわね……流石の私も、そこまで規模の大きなパーティには参加した事ないわ。婚活パーティって言うから、てっきりベルトコンベアーみたいに男が流れてくるタイプのを想像してたわ」


 流石の朝霧さんも、あまりの規模の大きさに頭を悩ましている様だ。てか、ベルトコンベアーって何? いや、想像はつくよ? あれよな? 女性の参加者の席を、男性が時間毎に席をまわりながらお話するタイプのやつだろ? 分かるけどなんか出荷されてるみたいで嫌な言い方だな。


「そうなのですよ! 私もベルトコンベアー方式なら、まだ異性の方とお話する機会が作りやすいと思っていたのですが、母がそんな婚活パーティは認めない、この世は弱肉強食なのだ! といって無理矢理……うう……」


 またしても泣き出してしまう四月一日さん。四月一日さんは、どう見たって積極的なタイプではない。そんな彼女が、根暗には生涯縁のない立食パーティに放り込まれてしまう所を想像したら、なんだかとても気の毒になってしまった。


「……」


 乙成も俺と同じ様に、いたたまれない気持ちになっているのだろう。俺の方を見て、不安そうな表情を浮かべていた。


「全く、仕方ないわね」


 コン、と朝霧さんが缶チューハイをテーブルの上に置く。目はだいぶ据わっているが、その表情は何かを決意した様子だった。


「朝霧さん? どうしたんすか?」


 隣で聞いているのか寝てるのか分からない程ボーっとしていた滝口さんも、朝霧さんの決意のこもった様子に、横になっていた身体を起こした。


「滝口、前田、それに乙成ちゃん? 行くわよ、私達も」


「行くって何処に?」


「婚活パーティよ! みんなで四月一日ちゃんのパートナー探しをサポートするの!」


 俺の質問に、朝霧さんは勢いよく立ち上がって応えた。休日仕様の、相変わらず露出度の高い服を着て、仁王立ちで立ち上がる姿は、なんだかとても勇ましかった。


「ええ?! で、でも……私達、みんな恋人がいるのに……」


 そう言って、チラリとこちらを見る乙成。恋人というワードに反応して、無意識に顔が少し熱くなった。


「そんなの! 二百人もいたら分かりゃしないわよ! どうせ他の参加者の中にも、相手はいるけど新しい相手に乗り換えたいとかって理由で参加してる奴らだっているだろうし!! いい?! このままだとこの子、家を追い出されて路頭に迷う事になんのよ?! こんな明らかに生活力のない子、数日で干からびて野犬の餌にされてしまうわ!」


 いや、野犬って……そりゃあ朝霧さんの子供の頃はそこら辺に野犬がいただろうけど……。そんな事は口が裂けても言えないが、なんとなく朝霧さんの言いたい事は納得出来た。


「うう……! 朝霧殿! なんて頼もしい……! まるで天網恢恢乙女綺譚で、主人公の上司であるマリア様の様です……!」


「あ! それちょっと分かります! マリア様って朝霧さんに似てるんですよねー」


「誰よマリア様って。私は美晴よ。そうと決まったら、みんな! 申し込みするわよ!!!」



「「おう!!!」」



 朝霧さんの勢いに流されて、俺達全員は婚活パーティに出席する事となってしまった。


 ……てか、今日誕生日って忘れてない?



 


 

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