第132話五月で三十の四月一日さん
扉の先にいたのは、乙成がリアルで交流のあるオタク友達、
「四月一日殿! どうしたのでありますか?! とりあえずあがってください!」
そう言って、乙成は四月一日さんを部屋に招き入れた。滝口さん達に短い自己紹介を済ますと、動揺している四月一日さんの為に冷たいお茶を出してあげていた。
「四月一日殿、落ち着きました?」
ほぼ一気飲みに近い形で、四月一日さんがお茶を飲む。いきなり知らない集まりに参加する事になって、余計に動揺するかと思っていたのに、案外肝が据わっているのか、みんなの注目を物ともせずにグビグビお茶を飲んでいる。
「ぷはー!
「それは大変でしたね……一体何があったのです? 四月一日殿がわざわざ我が家に訪ねてくるなんて……」
なんかよく分からないけど、天網恢恢乙女綺譚で例えると、四月一日さんはとてもピンチだったそうだ。
「それにしても、あの二章の一寸法師こと、
「ちょっと、これって今何の話をしてるの?」
四月一日さんのオタクトークを遮る様に、朝霧さんがわけが分からないといった感じで口を挟んだ。大丈夫ですよ、多分この中でこの話にしっかり反応出来るのは乙成だけですから。
「四月一日殿、とりあえず何があったのかを話してくれますかな?」
「おお! 私とした事が! 実はですね、この四月一日五月、今年の五月で齢三十になるのですよ……」
「え?!」
俺を含む、この場にいた全員が四月一日さんの発言に驚きの声をあげた。セリフの字面が数字ばっかでややこしいという事は置いといて、どう見たって三十歳には見えない。俺はてっきり、俺達と同じくらいか、下手したら年下だとばかり思っていたからだ。
「はぁ〜。人って、見かけによらないのね? 私とちょっとしか違わないの?!」
「朝霧さん今年三十四っすよね? 結構違うと思いますけど……」
ゴッ……と鈍い音を立てて、滝口さんが殴られた。付き合ってもこの二人の距離感はあまり変わらない様だ。なんか安心した。
「あ、朝霧殿もアラサーでありましたか。いやはや、時が経つのは早いものですなぁ」
早速朝霧さんの事を「殿」で呼ぶ四月一日さん。この人のペースってなんか独特……。
「乙成も知らなかったの?」
「は、はい! 私もてっきり同じくらいかと思っていたのでびっくりです」
「まぁこの界隈で必要なのは、成人済みであるかどうかくらいですからなあ~。細かい年齢をいちいち教え合ったりしないですな」
「そ、そうなんだ……」
そういうもんなのか? なんかよく分からないけれど、とりあえず四月一日さんの言葉に納得してしまった。
「えーと……なんの話でしたかな?ああ、そうだ実は誕生日を間近に控え私の
サン……え? いや、いいや。いちいちツッコむと、話が進まん。どうやら四月一日さんのサンクチュアリが脅かされたとの事で、四月一日さんはハァ……と深いため息をついて項垂れていた。
「何があったのです?」
もう何度目かになる、乙成の「何があったのです?」発言。どこまでも寄り添う姿勢でいる乙成はなんて優しいんだ!俺だったら、こんだけ文字数使っていまいち要領を得ない発言ばかり繰り返す四月一日さんに苛立ちさえ覚えるのだが。
「実は……母から、今年中に恋人を作らないと家から追い出すと言われてしまいまして……うぅ……」
そう言って、四月一日さんは机に突っ伏してワアッと泣き出してしまった。
「! なんて事……! 四月一日さんのお母様って、確か着物の先生なんでしたっけ? 幼い頃からかなり厳しかったと、前に話してくれましたよね?」
「うぅ……はい。幼い頃より幾多の習い事をさせられ、将来は良家のお嫁さんになるのだと、徹底した教育を受けてきました。それもこれも全て
「みよちゃんって誰よ?」
乙成に代わって、今度は朝霧さんが質問をした。流石、元婚活アラサーお化け。この手の話題になると首を突っ込まずにはいられない様だ。
「みよちゃんは、私の幼稚園からの幼なじみです。私達自身はあまり接点はないのですが、母親同士が仲良くしてて……みよちゃんのお母様は、俗に言うマウントママというやつで……昔から事ある毎に私の母に、いかにみよちゃんが優れているのかを自慢するのです……。そんなみよちゃんが最近、所謂
なんか、よくある話といえばよくある話だ。自分の子供達でマウントを取り合う母親に、それに翻弄される子供達。俺は、まだ会って二回目でしかない四月一日さんに酷く同情してしまった。
「あるあるよねえ〜娘が結婚適齢期に入った途端に焦りだす親! そんなの無視して、一人暮らしすればいいじゃない?」
朝霧さんが缶チューハイ片手にそんな事を言ってるのが、妙に様になる。いつの間にかここは乙成の部屋ではなく、独身女性の集う居酒屋に姿を変えていた。
「ひ、一人暮らしなんて……! 私の給料の大半は推しと、推しジャンルの創作活動、その他諸々にあてています! それに今は三食掃除付き! たまに頂き物の高級和菓子まで出てくる優良物件ですぞ?! そんな好条件を、みすみす手放すとお思いで?!」
「ちょっと……キレないでよ。分かったから!」
興奮してテーブルをダンッと叩く四月一日さんを宥めすかして、俺達は再び四月一日さんの話を聞く姿勢に入った。てか、あれ? 俺今日誕生日だよね? なんで自分の誕生日に、オタク女子の人生相談なんかしてるの?
「それで四月一日殿、助けて欲しいとは???」
「それなのですが……」
乙成の問いかけに、四月一日さんは言いづらそうにモジモジとしだす。彼女の次の言葉を待って、ここにいる全員が四月一日さんに注目した。
「母が申し込んでしまったのですよ……婚活パーティ……あいりん殿!!! 一生のお願いです! 私と婚活パーティに行ってくれませぬか?!」
「ええ?!」
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