第131話調子に乗っちゃダメな誕生日
「もう帰っちゃうのですか?」
玄関先で、乙成が寂しそうな顔をしてこちらを見ている。俺達が告白をしあってから数時間後、仲直りと積もる話もあって、乙成の部屋でお茶をしていたのだ。
「でももう帰らないと……明日もまた来るから」
後ろ髪を引かれる思いで俺は言った。俺だって本当はもっと一緒に居たいが、流石に付き合ったその日に乙成の部屋に泊まる訳にはいかない。そんな事をしたら、何処かで噂を聞きつけた美作さんに今度こそ殺されかねないからな。名残惜しいが、今日の所は大人しく家に帰ろう。
「明日、楽しみにしててくださいね! それと……」
「それと?」
「誕生日おめでとうございます! 日付けが変わった瞬間に言えないので!」
そう言って、満面の笑みで俺を見る乙成。その一挙一動が愛らしくて、俺は顔がニヤつくのを止められなかった。
ついに乙成と付き合ったんだ……。帰る道すがら、俺の頭の中は嬉しさとソワソワの入り混じったむず痒さでいっぱいになっていた。こいつのせいで顔は終始緩んでいる。もうすっかり日が暮れているので、幸い人気がない。これが家族連れの多い休日の日中だったら、俺は間違いなく通報されていた。
ついに……ついに俺は、人生初の彼女か出来たのだ。しかも何処ぞの得体のしれない子じゃない。乙成だ。俺の会社の同僚で蟹麿オタクでゾンビの。後半二つは余計な情報かもしれんが、俺は生まれて初めて付き合う子が、乙成で良かったと心からそう思っていた。
そしてこれが最初で最後の女の子になる……なんてね!!!! それはまだ気が早いか?! 数時間前に付き合ったばかりだもんな! こっから大切な思い出を一つずつ作っていくのだ。そんな事を思うと、俺の心が飛んでいってしまいそうな程軽く、いつもの住宅街の景色の一つ一つまで輝いて見えた。
いやあ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜本当、恋っていいなあ!!!!!!!!!!!!!!
******
「で、なんで乙成の家に、あんた達がいるんてすか?」
「だってゴールデンウィークって混んでて何処にも行けないんだもの! 乙成ちゃんが家でご馳走作るって言ってたから、お邪魔したってわけ♪」
「そうだぞー前田。一人でこんな料理食いきれないだろ? オレ達が手伝ってやるってえ!!! で? 今日なんかあんの? 誰かの誕生日?」
日付けが変わって翌日。意気揚々と乙成の部屋に来た俺を待っていたのは、昨日彼女になったばかりの乙成だけではなく、滝口さんと朝霧さんという、オフィスラブに酔っているアホアホカップルだった。こいつらは遠慮という物を知らず、俺が到着するより前から乙成の部屋で、朝から酒を飲んでいる。到着した時には既に酔っていた。
「ごめんなさい前田さん……朝霧さんから連絡があって断われなくって……」
オーブンから取り出したばかりのホカホカグラタンを、蟹モチーフの鍋つかみで慎重に持ちながら乙成は言った。蟹の鍋つかみ……それはちょっと可愛い。
「いや……もうこのパターンは慣れっ子……そんな事より」
「? どうしました?」
「今日は俺の為に色々してくれてありがとう! まだ来たばっかりだけど、最高の誕生日だよ!」
奴らにこの場をめちゃくちゃにされる前に、どうしても今日のお礼を言っておきたかった。蟹の鍋つかみみたいに顔を真っ赤にして照れる乙成。う、初々しい〜〜〜〜〜〜〜
「前田ー! そこに立ってるなら酒持ってきて!」
「あ! あたしも!」
「……はいはい」
俺は諦めて滝口さん達の元へと向かった。乙成に酒の在り処を聞いてリビングへと向かう時も、俺と目が合ってニッコリ微笑んでくれる乙成が可愛らしかった。
「え?! あんた達、付き合ったの?!」
「うわ?! ちょ、朝霧さん! めっちゃ色々飛んできた!」
乙成の料理も出揃った所で、ようやく俺達二人は座って食事を開始した。少しでも乙成と一緒に居たかった俺は、乙成の側で一緒に料理作りを手伝っていたのだ。俺だって一人暮らしをはじめて随分経つ。なんとか乙成の足手まといにならない様に料理作りを手伝う事が出来て大満足だ。
ちなみに、滝口さん達は手伝いもせずに食べて飲んでを繰り返していたので、もうすっかり出来上がっている。本当に図々しい。
そして俺達は席につくなり、目の前で酒を飲んで上機嫌になっている先輩二人に、昨日付き合ったという事を報告したのだ。滝口さんはびっくりして固まっているし、朝霧さんは俺の顔に思いっきり酒やら何やらを飛ばしてきた。
「はは〜ん? だから前田がずっと乙成ちゃんの側を離れなかったわけね? 正直、私の可愛い乙成ちゃんが、あんたみたいな男に好き勝手されるのは嫌だけど、想い合って付き合ったのなら応援するわ。おめでとう!」
「ありがとうございます……!」
俺みたいな男に〜のくだりは少し引っかかったけれど、乙成が嬉しそうに朝霧さんにお礼を言っているので良しとしておこう。そして問題は
「前田、ちょっと」
滝口さんが小声で話しかけてきた。自分の方へと寄せる様に、手招きをしながら。この流れは分かるぞ……またどうせしょーもない事しか言わない筈だ。
「なんすか?」
乙成らに背を向けた状態で滝口さんはおもむろに財布を取り出す。そして中から「0.01ミリ」と書かれたラテックス製のアレを手渡してきた。
「これはオレからの贈り物だ。もうオレが教えられる事は何もない。あとは実践あるのみ、トライアンドエラーだ!」
「滝口ー? あんたそれ、入社した時から財布に入れてるでしょ? そんなもんあげるんじゃないわよ」
「正確には高校一年の時からっす!」
「これはお返ししときますね」
朝霧さんの言葉を聞いて、俺はスッと滝口さんに
「ちぇー。オレの折角の気持ちを! 乙成ーゴミ箱ある?」
「ここに捨てようとするな!」
俺達がわちゃわちゃやっているのを、笑って見ている朝霧さんに、なんの話か理解して顔を真っ赤にして俯く乙成。年代物の0.01ミリを再び財布にしまってもらった所で、タイミングよくインターホンが鳴った。
「誰だろ?」
この場の空気から逃れたかったのか、乙成はホッとした様子で玄関へと向かって行った。やはり乙成にはまだこの手の話は早かったのだろう。かくいう俺も、乙成の前でそんな話題を出されてだいぶ気まずかったが。
「はいはい〜どちらさま?」
「あいりん殿おおおおお! 助けてくだされーー!」
「わわ、
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