第130話アンデッドな告白 その2
俺は今、走っている。それは一刻も早く乙成の家へと向かっている為だ。
あの後、美作さんからは何故か握手を求められた。彼なりの和解の印? なのだろうか。俺達はラブホテルの前で、固く握手を交わした。最初から最後までずっと理解出来ない人だったが、乙成の気持ちを汲むと、そう約束してくれた。
そんな訳で、俺は乙成の誤解を解くべく、急いで乙成の家へ向かっている。思えば、長かった。まず最初に、乙成が急にゾンビになってて、俺の声が蟹麿にそっくりだって事に気が付いて……なんやかんやで乙成のペースに乗せられて、巻き込まれていったのが最初だっけ。
最初こそ、マジでなんで俺がこんな事をしなきゃならないんだって思ってたけど、一緒にいる内に、なんかほっとけなくなったんだ。気が付くといつも一緒に居て、なんてない日が楽しくて……こんなに笑う子なんだなって思った。そして、その笑顔がとても眩しかった事も。
随分と色んな意味で遠回りをしたが、これでもう何も心配する事はなくなった。俺は今から、もう一度ちゃんと気持ちを伝えるんだ!
ピンポーン
ガチャ
「前田さん……?」
扉を開けるなり、驚いた様子の乙成。俺と美作さんがホテルへ行ったと思っているのだから当然だろう。
「ど、どうしてここに?」
「乙成、俺、ちゃんと伝えないといけない事があるんだ……!」
俺はスゥと呼吸を整えて、改めて乙成の方を見た。彼女は未だ怪訝そうな顔をしているが、一応話は聞いてくれる様だ。
「あの……えっと、」
せっかく乙成が聞く姿勢に入ってくれたというのに、あろう事か俺の方の言葉が出てこない。喉元まで出かかっている言葉が、もうすぐそこまでいるのにもかかわらず出てこないのだ。
「あの、乙成……俺は、乙成の事が……す、す……」
「待ってください!」
顔を真っ赤にしながらなんとか絞り出そうとしている俺を、乙成が制止した。あともう少しだというのに、喉元を上下するように行ったり来たりしていた言葉は、スンと腹の底まで落ちてしまった感じがした。
「お、乙成? どうしたの?」
「私、前田さんと光太郎さんが仲良くしてるのが嫌です。本当はこんな事、思いたくないけど。二人がベタベタしているのを見ると、胸がギュッて痛くなるんです。二人がホテルの前にいた時、本当に苦しかった……」
「だからあれは誤解だって! 俺は美作さんなんかとホテルに行ったりしないから!」
「分かってますよ! でも……もしいつか、このまま私達が友達のままだったとして、いつかは前田さんにも、好きな人が出来るかもしれない。そしたら、いつかは親密な仲になるかもしれない。そう思ったら、どうしようもなく辛くなっちゃって……」
「それは俺も同じだよ! 乙成にいつか好きな奴が出来たりしたら、それこそ俺だって!!」
気が付けば、俺は乙成の両肩をガシと掴んでいた。乙成は驚きながらも、少し目が潤んでいる。乙成の大きな目に映るのは、情けない顔をしたカッコ悪い姿の俺で。俺は、ようやく自分の中の覚悟を決めた。
「もっと早く言うべきだった。自分の気持ちに気が付いた時に。乙成、好きだ! 俺と付き合って欲しい!!」
乙成の目から、ポタリと一雫の涙かこぼれた。泣いているのに辛くない。潤んだ瞳はキラキラしていて、目に映った光は柔らかく揺れている。泣いている人にこんな事言って良いのか分からないけれど、今の乙成は、とても綺麗に見えた。
「うう……前田さん……! 私も、私も大好きです!」
「わっ?!」
感極まった乙成が、勢いよく俺に抱きついてきた。ふわりと甘い石けんの匂いに、泣き笑いの嬉しそうな顔が眩しかった。その勢いに押されて、俺達は玄関先で座り込んでしまった。
「お、乙成……それで、付き合って、くれる?」
「はい! もちろんです……!」
「じゃあ、これからよろしくね」
「はい!」
無邪気な笑顔でそう応える乙成。その顔を見ると俺まで笑顔になってしまう。
こうしてずっと笑っていたいな。乙成と二人、ちょっとくだけた感じで。まだ心臓がドキドキしているけど、それを聞かれたってかまわない。そう思って俺は、乙成の身体を目一杯抱き締めた。
「あ、そうだ!」
俺の腕の中で大人しくしていた乙成が、何かを思い出したかの様に顔を上げた。まだ余韻を味わっていたかったのに……ちょっと残念がる俺を後目に、乙成はパタパタとスリッパの音を響かせてリビングへ向かって行った。
「これ、本当は明日渡そうと思ってたんです。受け取ってくれますか?」
「これ……!」
俺は驚いて乙成の顔を見た。乙成が渡してきたのは
「えへへ。この日の為に頑張っちゃいました! 途中スランプに陥ったりもしましたが」
「すごい……これすごいよ乙成! ありがとう!!」
「大事に、してくださいね?」
そんなの……そんなのもちろん。
「もちろん大事にするよ。……乙成の事も」
「えへへ」
誕生日の一日前。この日俺達は、正式に彼氏彼女になったのだ。
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