第129話アンデッドな告白 その1

「前田くん、大丈夫ですか?」


「……」


 乙成が俺を買い物袋でぶん殴って立ち去った後。俺は未だに身動きが取れずにラブホテルの前で大の字になって倒れていた。


 てか、なんで俺が殴られないといけないの? 乙成には俺達がホテルの前でいちゃついてる様に見えたのだろうか? 心外以外の何ものでもないのだが。


「とりあえず立って。手を掴んでください」


 そう言って手を差し出してくる美作さん。今更優しくしたって遅いのだけど、俺は殴られたショックから、なんの迷いもなく奴の手を取った。

 美作さんの、細く長い手を取って立ち上がる。立ち上がった時に美作さんと目が合い、あろうことか奴は、俺の顔を見るなりプッと吹き出した。


「なんで笑うんすか?!」


「ふ、ふふ……なんか凄い勢いで吹っ飛んだなって思って……」


 こいつ……人の不幸を喜びやがって!! もう許さん。俺はこいつを生涯許さないからな。


「誰のせいでこうなったと思ってるんすか!」


「ああ……すみません、あんまりにも漫画みたいだったので、つい」


 む、ムカつくわぁ〜。嫌い。俺、こいつ嫌い。


「でも、あいりがあんなに怒ってるのを見たのは初めてです」


 笑っていたかと思えば、今度は急に真面目な顔になる美作さん。確かに乙成があんなに感情を露わにするのは、俺もあまり見た事のない光景ではあった。


「確かに、乙成は普段怒ったりしないですからね」


「それに、前田くんの事を浮気者と罵っていました。二人は付き合っているのですか?」


「付き合っては……いないですけど。誰かさんが間に入って来なければ、今頃は付き合ってた筈ですけどね!」


「……」


 俺の嫌味をスルーして、何かを考える風の美作さん。しばらくそんな様子で腕組みをしながらその場に立ち尽くしていた。

 ちなみに、未だ俺達はラブホテルの前にいる。俺達二人の姿は、周りにどんな姿でうつっているのだろうか。美作さんが難しい顔をして考えてるもんだから、ホテルに入るか否かで迷っている人にも見える。ここは住宅街という特殊な立地に建てられたラブホテルだ。近くを休日の家族連れも多く行き来する。妙な勘違いをされる前に、早い所ここを立ち去りたいのに。


「あの、美作さん?」


「僕は今まで、前田くんが一方的にあいりに付きまとって、童貞心丸出しのいかがわしい感情を持ってストーカー行為に及んでいるとばかり考えていました」


「あんた、喧嘩売ってるでしょ」


「でも、あいりのあの態度を見るに、僕が思っていたのとは少し違うのかもしれません」


 組んでいた手を解いて、美作さんは俺の顔をまじまじと見てきた。何故だか分からないけど、多分これから、真面目な話をしようとしているのが伺えた。


「美作さん、今更気が付いたんですか?」


「はい。今の今まで、前田くんがあいりのストーカーで、あいりも自分の事が好きだという妄想にかられている憐れな人だと思っていました」


「こいつ……」


 言い方を変えて二度も言ってくるとは……。やはり喧嘩を売っているな? それにしても、一体なんでそんな解釈になるのか。俺は、美作光太郎という人間がほとほと理解出来なくなった。


「なので、何か事件が起こってからでは遅いので、君を諦めさせる為に僕が手を上げた訳です」


「そう言われたら納得……出来ませんよ! ずっとむちゃくちゃな事言って!!」


「あいりを助ける為……僕は使命感を持ってこの仕事をやり遂げようと思ってました」


 またしても俺の言葉を完全に無視して一人で話を続ける美作さん。流石といえば流石だ。この人の目には、俺が見えていないのだろうか……。


「でもそれは、結果としてあいりを悲しませる事になってしまいました。あの子が悲しむのは、僕としても本意ではありません」


「美作さん……」


 美作さんは、依然として真剣な眼差しを俺に向けている。ただの嫌がらせでこんな事をしているのだと思っていたけれど、美作さんには美作さんなりの理由があったんだな。途中マジで暴走してたけど。


「あいりと君が付き合うのは、正直まだ許す気にはなれません。しかし、それをあいりも望んでいるのなら、僕はもう何も言いません。前田くん、もうあいりを、悲しませたりしないでください」


 美作さん……


「悲しませたのは美作さんのせいですけどね」


「前田くん、過ぎた事をいつまでもグチグチ言うのはカッコ悪いですよ」



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