第70話第一回チキチキ乙成お前こんなん好きなんやろ選手権 後編

「乙成が良く行く近所のパン屋さん、ベーカリー木村。そこで必ず買うものとは?」


「え?」


 ピンポーン!


「チョココロネ!!」


「前田弟正解!」


 俺がオロオロしている間に、リンが素早くボタンを押して最初の正解を出した。てか、ベーカリー木村ってなんだよ。そんな細かい問題がでんの?! てか、いつもチョココロネ買うんだ……かわい。


「前田弟流石ですね〜ベーカリー木村さんは乙成の住んでいる町にある、老舗のパン屋さんですね。創業以来、毎朝美味しいパンを出しているとかで、平日はサラリーマンや主婦、子供にも大人気な……」


「次!!!!」


 滝口さんの要らない解説を食い気味に遮るリン。奴も手をボタンにかけたまま、前のめりでやる気になっている。お、俺も負けてはいられない……!



「じゃあー第二問!」


 デドン!


「乙成の好きなゲームのキャラクター、その彼の名前は……」


 ピンポーン!


兜々良蟹麿つづらかにまろ!」


 またしてもリンが素早くボタンを押して答える。


「……ですが」


 出た! クイズ番組とかでよくある、引っ掛けだ!


「前田弟はフライングしたので、本来であればこの解答は自動的に前田になるのですが、今回は初めてなので解答権を与えましょう」


 くそ! なんだよそのルール! ヤバい……蟹麿問題ならリンもだいぶ詳しいんじゃないか?


「では、問題の続きです。その蟹麿が、猿島祐天に手渡されたお菓子、それは一体どんなお菓子?」


「え? えーと……うーん……」


 ブッブー


 どこからか不正解のブザーが鳴った。さっきから問題の度にデドン! とかって音も鳴ってるけど、これ誰が鳴らしてんの?


「はーい時間切れータイムアップでーす。では次、前田の解答を聞きましょう、どうぞ!」


「ハバネロとジョロキアのミックスチョコレート……です」


「正解ーー! 伊達に毎日蟹麿の声を囁いていないですね〜前田くんもポイントゲットです。これは天網恢恢乙女綺譚、ドラマCD第三部に収録されていた、兜々良蟹麿と猿島祐天のエピソードですね〜前田弟は普段から乙成に、天網恢恢乙女綺譚俺も好きって言ってるみたいですけど、こんな所でニワカなのが発覚してしまいましたね〜これはとんだ失点です!」


「くっそーーーーー!」


 悔しそうに机を叩くリン。そしてさり気なくニワカだとバラされている。その様子を見て、この戦いを見ている女性陣達が呆れた様に首を振る。


「女の子に合わせて、好きでもないのに俺も詳しい! とかっていうのはナシよね〜」


「マジでそれ。リンちゃん痛いよ」


「ちゃωー⊂向、キ合ゎナょレヽー⊂勺″乂τ″す!」(ちゃんと向き合わないとダメです!)


 女三人、何故か意気投合している。さっきまで敵対心をむき出しにしていた朝霧さんなんて、まいにゃんにポテトを半分あげていた。女の人って、よく分からない……


「リンちゃん! ちゃんと勉強しようね!」


 落ち込むリンに、乙成が激励を送る。


「あいりーん! やっぱりあいりん大好きっ!」


「はーいお触り禁止だよ〜ここそういう店じゃないからね。オレなんて、まいにゃんと目を合わせる度に、百円払ってるんだから」


「もう二千円分くらい稼いだ」


 まいにゃんの手元にはメモ帳が置いてある。今も滝口さんと目が合ったので、メモ帳にデカデカと「正」の字を書き足していた。それでいいのか滝口さん……



「さぁて、続いての問題でーす」


 デドン!


 それから、滝口さんが出題するありとあらゆる乙成に関してのクイズに答えていった。どれも単純なものばかりで、俺とリンは同点の状態でついに最終問題まできてしまった。


「さぁ! ついに最終問題となります! ここで二人の得点を見てみましょう。前田五点、前田弟五点! なんと! ここまで同点で来てしまいましたね〜二人共、ストーカーかってくらい乙成に詳しいです! 靴のサイズまで知ってるのは、流石にキモいぞ☆ 最終問題は逆転のチャンスも含めて更にポイントを上乗せするつもりでしたが、同点なのでその必要はない様ですね。泣いても笑っても次で最後です! では、まいりましょう!!」



 デドン!



 その時、滝口さんの隣に座っていたるりたぬきちゃんが急に立ち上がった。……え? 何?



「乙成、ナω@女子、キナょヶ″─厶レよ?」(乙成さんの好きなゲームは?)



 ピンポーン!



「天網恢恢乙女綺譚!!!!!!」



 ……………………



 ………………………………




 ……………………………………………………




「前田弟、正解ーーーーーーーー!」



「やったああああああああああ!!!!」



「は?! いやおかしいって! なんで急にるりたぬきちゃんが問題を読み上げるんだよ?!」


 喜びで飛び跳ねるリンを横目に、俺は精一杯の抗議をした。ここにきてるりたぬきちゃんのギャル文字は反則だ。あんなの分かる奴がいるわけない!


「クレームは一切受け付けませんよ〜残念でしたね前田くん。日頃から鍛錬を怠っているから、これしきのギャル文字も分からないんですよ〜今回の勝因は、前田弟のコミュニケーション能力の高さが功を奏した、という所でしょうね! ちなみにオレも何言ってるか分からないですが、一回百円でまいにゃんに翻訳してもらってまーす。まいにゃんはつくづく守銭奴ですね〜」


「滝口デザート頼んで。腹減った」


「いいもん見れたから私は帰るわね。じゃあね前田、あんまり落ち込まない様に!」


「∠・/∠・/元気ナニ″ιτ<ナニ″、ナレヽ!」(レンレン元気だしてください!)


 みんな思い思いの言葉を口にする。俺はソファに座ったまま、深く溜息をついてうなだれた。


「あいりん! バレンタイン楽しもうね! 俺もチョコ作るから!」


「うん! リンちゃん、よろしくね!」


 リンが乙成の手を取ってキャピキャピしながら喜んでいる。乙成もそれに応える様にして、リンの手を握り返すのが、見ていて辛かった。

 

 最後の最後でるりたぬきちゃんのギャル文字に阻まれ、サービス問題を落としてしまった。そのせいで、リンと乙成のバレンタインデートが正式に決まってしまった。



「これにて、第一回チキチキ! 乙成お前こんなん好きなんやろ選手権は閉幕ですー! 次回をお楽しみに〜」



 こうして、なんともあっけなくリンとの勝負は幕を閉じた。朝霧さん以外のメンバーは、まいにゃんのデザート食べたいという言葉を皮切りに、すっかりお食事モードになっている。


 バレンタインデート……

 

 楽しそうにしているみんなを横目に、俺の心はモヤモヤを通り越してザワザワと落ち着かなかった。



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