第188話ザパァ…!
トイレの外には乙成がいる。そして俺の隣には乙成の憧れの存在、水瀬カイトがいる。
さっきまでなんにも考えてなかったんだけど、ここに来て以前にリンがいっていた、水瀬カイトと会ったら、乙成がどうにかなっちゃうかもしれないという不安が頭をよぎった。そんな事はありえないと思う気持ちが半分、メロメロに発情しちゃうのではないかという心配が半分である。
「あの、大丈夫ですか? 具合でも悪いんですか?」
帽子を被り直した水瀬さんが俺の顔を心配そうに覗き込む。クソっ帽子を目深に被ってても格好良い顔をしていやがる……! こっちの気も知らないで!
「大丈夫です! じゃあ行きますか!」
「あの、そう言えばまだお名前聞いてなかったですよね?」
「へ? ああ、前田です!」
「前田さんですね! 伝え忘れてましたが、先程はありがとうございました! こんな僕に寄り添ってくれて……」
ええ〜何なにナニ?! イケメンで腰が低くてちょっと懐っこさまであるのこの人? ちょっと可愛いなんて思っちゃった。こんなん、俺じゃなくても好きになっちゃうよ!
「き……! 気にしないでください! 俺の方こそ、水瀬さんのお役に立てて良かったです!」
素っ頓狂な声が出かけたのをグッと堪えて、俺達は連れ立ってトイレから出た。このまま、この無自覚あざとイケメンと一緒に居続けたら、リンじゃないけど俺まで顔が真っ赤になっちゃいそうだからな!
「あ! 前田さん! 遅いですよお!! 何してたんですか?! まったくもう!」
トイレを出た所で乙成達が待ち構えていた。乙成は腰に手をあててプンスカしている。
「ごめん! ちょっと立て込んでて! ……なんでリンもいるの?」
「えっへへー! 俺も今日はスタッフだからね! 美晴さんに色々聞いてたの!」
さっきまで顔を真っ赤にして恥ずかしがっていたリンだが、今度は一転して朝霧さんの隣で彼女の肩に手をまわしながらピースをしている。切り替えの早さも流石である。
「トイレで一体何を立て込むのよ? あんた、やる気あんの? あら? その隣の子はだれ? 派遣の子じゃないわよね?」
乙成より遥かに怒り心頭の朝霧さん。この人の仕事にかける情熱は本物だ。普段はそこまででもないが、大きい仕事となると人が変わる。非常に厄介な人だ。
「あ、この人は……」
「ひ、ヒィッ?!」
俺が話だそうとしたタイミングで、俺の背後にいた水瀬さんが急に怯えだす。脈絡なく変な声をあげるもんだから、俺までビクッてなってしまった。
「ど、どうしたんですか?!」
「ンビ……」
「へ?」
「ぞ、ゾンビがいます……! 前田さん、ゾンビが……! はわわわわ」
水瀬さんは震えながら乙成の方を指差す。マジかよ?! 水瀬さん乙成がゾンビだって分かんの?! 俺以外で初めてだよな、事情を知ってるアカツキさんを除いて、乙成がゾンビな事に気が付いたのって!
「落ち着いて! 水瀬さん! あの子は無害なゾンビなので!」
「無害……?」
何故か俺の言葉には素直に反応する水瀬さん。やっぱり俺達、色々と通じ合うものがあるのでは? 同じ童貞だし。
「え……? その人ってまさか……??!」
俺の影でビクビク怯える水瀬さんの正体にいち早く気が付いたのは、やはりと言えばやはり、乙成だった。水瀬さんのだけでなく、乙成までワナワナ震えている。
「あ、うん、トイレで会ったんだ。声優の水瀬カイトさん」
「す、すみません取り乱して……水瀬カイトです」
俺が無害だと言った言葉をまんま信じて、水瀬さんはおずおずと乙成達に挨拶をする。
「……」
「……………………」
「………………………………」
他のみんなはワーキャー言いながらも水瀬さんに挨拶をしているのに対し、乙成だけはその場で固まったまま動かない。よく見たら、まばたきもしてない? 目カッサカサじゃん。
ツ……と一筋の汗が乙成の頬を伝う。その一筋の汗の粒を皮切りに、尋常じゃない量の汗をダラダラとかき始めた。
「お、おい乙成! 大丈夫か?!」
ダラダラダラダラダラダラダラダラダラダラダラダラダラダラダラダラダラダラダラダラダラダラダラダラダラダラダラダラダラダラダラダラダラダラダラダラダラダラダラダラダラダラダラダラ……
ザパァ……!!!
「乙成ィィ!!!」
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