第31話たまには電話で……
ポコン、というメッセージアプリの通知音で目が覚めた。年末の度重なる激務で疲労困憊の俺は、やっと訪れた連休初日にして、部屋の片付けもそこそこに昼近くまで寝入っていた。
明日は実家に帰る日。今年の正月に約二年ぶりの帰省を果たせた俺だったわけだが、今回の年末も実家に帰れるのが嬉しい。親父元気かな? いつも電話で話すのは母さんだけだけだから、親父の声を聞くのは一年ぶりか。年々声に深みが出てきてるんだよなぁ、身内なのにたまに震える時あるもん。
「あ、なんか通知きてたな……誰だ? 休みの日に……」
まだ頭が完全に起きていない……寝ている間に蹴飛ばした毛布を、足を使って器用に持ち上げて頭まですっぽり被る。冷え切った部屋の中で唯一の安全地帯だ。
俺はふわふわしたぬくもりの中で、スマホのロックを解除した。
通知の主は乙成だった。このタイミングで来る連絡といえば
あいり「前田さん!」
ま「なんだ」
あいり「今日もお願いします!」
ま「早くない? 今起きた」
俺が返信をしてすぐ、スマホからけたたましく着信音が鳴り響いた。乙成のアプリのアイコンである、可愛い蟹のイラストが真ん中に表示される。俺は溜息まじりの小さな叫び声を漏らして、スマホの画面をスライドした。
「早くない?」
「あ! 前田さん! おはようございます!! もうすぐお昼ですよ! いつまで寝てるんですか!」
電話の向こうの乙成はめちゃくちゃ元気だ。俺は今だに布団に潜っているというのに……
「休みだし……」
「フフフ、いいですね〜寝起きの声! 今のテンションでまろ様お願いします!」
「人の話聞いてる? はぁ……何を言えばいいの?」
「えっとぉ、じゃあ蟹麿全集の283ページ目をお願いします!」
俺は手探りでなるべく体を布団から出さない様にしながら、ベッドの下にある平置きされた本の中から蟹麿全集を探り当てた。
「……あった。いいか?」
「はい! お願いします!!!!」
寝起きで頭が回らない中、俺はすぅっと一回、呼吸を整えて意識を集中させた。
『あいり……もうちょっとこうしていたい。手、握ってていい? もう少し……一緒に横になっていたい』
「くっ………………うぅぅ……! 良いッ……」
電話の向こうでなにやら机らしき物をバンバン叩く音が聞こえる。乙成が悶絶しているのが目に浮かんだ。ちょっとキモい。
「ゼェゼェ……つ、次は……139ページを……」
『あいつの所へ行くのか? あいりは世話を焼くのが好きだからな。……もし僕が、熱があるって言ったら、あいりは傍にいてくれる?』
「ぬはッ……! ぁはは……良い……良いです……」
「あの、乙成……大丈夫?」
「まだまだぁ! 次は84ページィ!!」
『……おはよう。あいり』
「カッハァ…………!」
乙成が壊れた。声だけ聞くと吐血した様な声を漏らして、しばらく無言の時間が流れた。スマホが近くにあるのだろうか、電話の向こうで微かに乙成の荒い息づかいが聞こえる。良かった、死んだわけではなさそうだ。
「乙成、平気?」
「ハァ……ハァ……前田さん、あ、ありがとうございます……寝起きボイスでまろ様……半端ないです……明日も是非……」
「あ、明日はちょっと無理かも……実家帰るから朝早いんだ。夜電話するよ」
そう、明日は朝から新幹線で実家に帰るのだ。まだ何の準備もしていないけど、出来るだけゆっくり休んで、夜から動き出す予定だった。それなのに朝からめちゃくちゃ声を作って疲れた。
「ご実家に帰られるんですか?! 聞いてないですよ!」
「今言った」
「ご実家に帰られるのなら、あんまり長電話も出来ないですよね……」
心なしか、乙成の声のトーンが暗くなった様な気がした。
「え? もしかして残念がってる?」
「!!! ななななに言ってるんですか!! からかわないで下さいっ! まろ様気分が抜けてないんじゃないですか?!」
「ハハ……ごめん、まだボーッとしてたわ」
「とにかくっ!!! ゆっくり、休んでくださいね?」
軽い咳払いをして、乙成が言った。いつも散々サービスしているんだ。たまにはからかっても良いだろう。
「また明日連絡するよ」
「あ! ちょっと待ってください!」
「ん?」
「……最後に、ま、まろ様の声で、好きって言ってくれませんか……? あ、明日までのストック分って事で……」
言いづらそうにモゴモゴしながら乙成は言った。電話の向こうでオドオドしながら落ち着きなく言葉を発している乙成が目に浮かんで、俺はちょっとおかしくなった。
『……好きだよ、あいり』
「……くぅっっっ////」
「……あ、切れた」
間の抜けた通話終了の音が耳元で鳴って電話が切れた。
……何だったんだ?
……………………
…………………………………………
ボンッ
カァ~////////
連休初日の午前中。スマホを手にベッドから起き上がった俺は、自分で言っといて恥ずかしさで耳まで真っ赤になってしまった。
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