第32話帰省

 12月30日


 町はすっかり年の瀬の空気を醸し出している。道行く人も俺と同じ様に、帰省の為の大きな鞄やスーツケースを持ってせわしなく歩いている。

 乾いた空気を胸いっぱい吸い込んで、俺は既にバキバキに凝っている肩にリュックを背負い込んだ。手には母親からのリクエストである東京ばな奈。定番だけどこれが無性に食べたくなるらしい。


 新幹線の時間までまだだいぶ余裕がある。俺は待合室の椅子にもたれて、人が行き交う駅の中をぼんやりと人間観察していた。


 さすが東京。もうこっちに来て随分経つが、本当に多種多様な人が多い。俺の地元には絶対にいないタイプの人間もいる。


 例えば、そう。今トイレに足早で向かっている男性。髪の毛がレインボーだ。真冬だというのに薄手の革ジャンだし、足が枝の様に細くて靴が異様にデカく見える。


 そこにいる二人組はカップルか? 女の子は自分の本来の目よりふたまわりくらい大きくアイラインを引いていて怖いし、隣の男は古のオタクスタイルだ。俺の席まで男の息遣いが聞こえてきそうな勢いで、隣の女の子のスマホを覗き込んでいる。彼らは一体、どこに行くんだ?


 俺の斜め前には帽子を目深に被った、黒マスクで金髪の女の子。俗に言う、地雷系? ロック系? 良く分からんがとにかく激しめの恰好だ。足を組んでスマホを気だるそうにいじっている。この手のタイプの定番、厚底靴を履いている。


 この人達はどこに向かうんだろうな……? 少なくとも俺の地元ではないだろうけど。


 ……そろそろ時間か。俺はホームへと移動を開始した。


 新幹線の乗り場って苦手なんだよな、今回は指定席取ってるけど、絶対に一回は行きたい方向とは逆に向かって歩いてしまう。まぁそれもあって、時間よりだいぶ早く来て安心しておきたい気持ちがある訳だが。


 しばらく待って、やっと俺の乗る新幹線が到着した。東京駅始発なので掃除のおばちゃん達が急いで車内を掃除する。それをまたしても少し待って、ようやく乗り込む事が出来た。

 

 ふぅ……やっと席についた所で俺の気持ちも落ち着いた。後は乗っているだけで着く。気が抜けたら急に眠くなってきた。


 動き出した窓の外をぼんやり眺める。揺れもなくすぅっと動き出した新幹線の中で、俺はこれから会う家族の事を考えていた。


 親父と母さん、この二人は前回の帰省の時も静岡駅まで迎えに来てくれた。俺を見つけるなり母さんの方はぴょんぴょん飛び跳ねて俺の名前を呼ぶもんだから、めちゃくちゃ恥ずかしかったのを覚えている。

 親父の方は相変わらずで、そんな小動物みたいな母さんを見てニコニコ笑っていた。

 あと俺には凛太郎という弟がいる。年齢は四つ年下の二十歳。俺達家族は弟をリンと昔から呼んでいる。

 もっとも、前回の帰省の時はリンはバイトがあるから年末年明けは帰れないとの事で結局会えなかった。その前の二年は例の新型のアレのせいで帰省を断念したし、気が付けばリンとはもう三年は会っていない筈だ。今回は俺と同じタイミングで帰って来られるとの事で、久しぶりに会うのがちょっと楽しみだ。


 リンは今大学生。東京の大学に行ってるっていうのに東京で会おうとは一切ならなかったのは、別に仲が悪い訳ではないが、俺とはタイプが違うというか……

 俺は、もうすぐ着く地元の景色と相まって、遠い記憶のリンの姿を思い浮かべて何故だか郷愁の念を抱いていた。


 *****


「あ! 廉太郎ー! こっちこっち!」


「母さん久しぶり!」


 駅に着くなり両親が車をロータリーに停めて待ち構えていた。俺より更に小柄で小動物の様な母親と、最近めっきり白髪が増えて渋みが増したロマンスグレーの父親。一年ぶりの再会でも、随分会っていない様に感じる。


「廉太郎、元気だったか?」


「うん、親父また声渋くなった?」


「実はそうなんだ。お陰で仕事の時、ややこしい相手の電話ばかり取り次がされる」


 俺の父、雄太郎は、人が羨むバリトンボイスだ。それだけじゃなくて、最近見た目も渋くなったもんだから、母さんは職場の枯れ専の女性達が放っておかないのではないかと、内心ヒヤヒヤしているそうだ。


 ちなみに俺は母親似だ。親父に全く似ていない。リンもあんまり親父には似ていないが……


「リンは? 一緒に来るものだとばっかり思っていたけど?」


 母さんが俺に質問をしながらキョロキョロ辺りを見渡す。その仕草もまさに小動物だ。

 リンと偶然にも新幹線が一緒だった様で、どうやら母さんは俺とリンが一緒に来るものだとばかり思っていたらしい。


「それらしい奴は見なかったけどな」


「あんたはリンと全然会ってないから! あの子変わったのよ!」


「マジで? めちゃくちゃヤンキーだったじゃん?」


 そう俺の弟リンは、地元じゃちょっと名の知れた不良だったのだ。


「だから変わったの! 変ねぇ……あ! いたいた! リンちゃーーーん!!! こっちこっち!」


 俺と話しながらキョロキョロしていた母さんは、リンを見つけるなり大きな声で手を振りながら叫んだ。


「あれー? 兄貴じゃん、久しぶり〜」


 行き交う人の足音に混じって、背後から聞き慣れた懐かしい声がしたので、俺はゆっくり声のする方へと振り返った。


「……誰?」


 俺の振り返った先にいたのは、先の東京駅で見た、厚底地雷系金髪女子だったのだ。

 

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