第30話ゾンビとクリスマスマーケット その3

 目の前には美味そうなサイコロステーキにソーセージ盛り合わせ。ドイツ製のビールに温かいココア。豪快にチーズソースがかかったポテトフライに目を奪われているのは、最近人間味が出てきたが未だ灰色のゾンビに、限界アラサー婚活お化け。その隣には、来世はきっと人には生まれ変われない畜生。


 この見ているだけで胃もたれしそうなパーティの中に、何故か放り込まれた俺。本当に可哀想。


「前田さん! このステーキ柔らかくて美味しいですよっ! さっきチュロスも見かけたので、後で買いに行きましょうね!」


「あぁ、そうだな」


 寒さをもろともせず肉を頬張る乙成。外との気温差で湯気をハフハフ吐きながら、間髪入れずに甘いココアを飲んでいる。見ているこっちが笑顔になってしまう食いっぷりだ。食べるの好きなんだな。それとも、これもゾンビになったから? 永遠に満たされる事のない飢えを感じているとか? だとしたらちょっと怖い。


 テーブルの向かい側には相変わらず不貞腐れた表情でビールを飲む朝霧さん。さっき滝口さんが言っていた事を、本当に実行するのだろうか……? ちょっと見たい気もするが、やっぱり可哀想だ。人の気持ちを弄ぶのは良くないな、うん。やっぱり滝口さんは畜生だ。


「朝霧さん、さっきはごめんなさい」


「え?! なによ急に?!」


 朝霧さんは急な滝口さんの謝罪により、持っていたビールを危うく落としそうになっていた。

 そらそうなるわ。滝口さんさっきまでめちゃくちゃ好戦的な態度を取っていたのに一転して謝りだすなんて……


「なんでしょう……? これは仲直りの気配でしょうか?」


 隣で肉にがっついていた乙成が俺に耳打ちした。二人の不仲に気が付いていないわけではなかったんだな……って、ちょっと近い!


「う、うん。しばらく見守ろう」


 俺達が固唾をのんで見守る中、滝口さんは先程とは打って変わって真剣な表情で朝霧さんに向き合っている。


「さっき前田に言われたんです。そんな態度は良くないって……それでオレ、思ったんです。このままじゃダメだって……失礼な態度を取ってすみませんでした……!」


「滝口……」


 お。なんか朝霧さんが真剣な顔になったぞ……


「オレ、悔しかったんだと思います。朝霧さん、あの夜の事なかった事にしたいみたいだったし……」


「あの夜とは?」


「シッ! 乙成、静かに!」


「オレ、嬉しかったんですよ? 朝霧さん美人だし、なのに……もうこれっきりだなんて……! ひどすぎますよ!」


 そう言って、滝口さんは誰が見ても分かる程の露骨な演技をして飛び出して行ってしまった。走り去る時に薄っすら口元がニヤついていたのは、多分俺しか見えていない。


「いや、流石にこれは……」




「待って!! 滝口!!!!」


 この茶番につい呆れて独り言が漏れたまさにその時、なんと朝霧さんが走り去る滝口さんを追って駆け出して行ってしまった。


「えええええ?! チョロ!!! アラサーってあんなチョロいの?!」


 俺のツッコミも虚しく、二人はイルミネーションの向こう側、何もない暗い公園の中へと消えて行った。

 

「……なんか行っちゃいましたね」

 

 状況を飲み込めていない乙成は、今度はポテトフライに舌鼓を打ちながら消えゆく二人を眺めていた。


「なんなんだろうな……あの人ら」


「滝口さんが朝霧さんの事好きだなんて驚きでした……! 前田さん、これっていい事ですよねっ?!」


「え……いやぁ……」


 言えない。滝口さんの本当の思惑なんて、絶対に言えない……。だってこんなキラキラした真っ直ぐな瞳で聞いてくるんだもん。


「上手くいくといいなぁ! こんな季節に素敵ですね!」


「あ、あぁ……そうだな。本当、どうなるんだろうな……」


 まぁあの二人の事はもうなんでもいいか、一応大人だし。それにしても、こんな純粋に人の幸せを願うなんて……天使かよ。あ、いやゾンビか。


「前田さん! お腹いっぱいになったし、ツリー見に行きましょう!」


 乙成に手を引かれてやって来たのは、普通ここに来たら一番最初に見るのではないかと思われる、このクリスマスマーケットの目玉であるでっかいクリスマスツリーだった。

 色とりどりの電飾が眩く光って美しい。丁度この時間は音楽に合わせてイルミネーションが点滅するタイミングだった様で、幻想的な音楽に合わせて波打つ様にツリーの電飾が輝く。気が付けば俺達の前後左右、どこを見渡してもカップルだらけになっていた。


「……来て良かったな」


 繋いだまんまの手から優しいぬくもりを感じる。マフラーで隠れていない鼻先と頬は相変わらず冷たいが、不思議と嫌な感じはしなかった。

 隣を見ると、乙成もこちらを見てにっこり笑った。大きな瞳に光が反射していつもよりキラキラ輝いて見えた。


「はいっ!」


 こうして、俺達のクリスマスは静かに幕を閉じたのだった。


 

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