第29話ゾンビとクリスマスマーケット その2

「わぁーーーー! すっごぉい!」


 そこは日常を忘れさせるきらびやかな空間。でっかい公園の一画を、色とりどりのイルミネーションが輝いている。そんな中にあるのは、本場ドイツから取り寄せたというソーセージやらビールやらを売る屋台達だ。辺りを香ばしい匂いが立ち込め、ホットワインなどと言う、おしゃれドリンクなる物を持ってねり歩く人々。大きなツリーまで設置してあり、ここは本当に日本か? と思わせる様な空間だ。


「見てください前田さん! ツリーの飾りも売ってますよ! こっちにはスノードームも!!! 可愛い!!」


 食べ物の屋台だけじゃなく、どっかの国の人達が手作りしたという、中々の値段のする雑貨達も売られていた。その中の一つ、キラキラ光る妖精の飾りを手にしながら、乙成は嬉しそうに俺に話しかけた。


 ゾンビがクリスマスを満喫している……多分ここにゾンビがいる事が分かったら戦々恐々、皆恐れをなして逃げ惑う事だろう。大体ゲームとか映画でも、こういう賑やかな場所で人が襲われる所から始まるもんだしな。


「あ! 前田さん! ソーセージありますよ! 食べましょう!!!」


「分かったから落ち着けって……!」


 俺はめちゃくちゃ興奮している乙成を抑えるのに必死だ。陰の者でもこういう所好きなんだな。星座パフェといい、乙成って意外とキラキラ女子の素質あるんじゃないか?


「…………」


「…………」


 ふと後ろを見ると、このきらびやかで幻想的な空間に似合わないお葬式ムードの滝口さん達がいた。ここに来てから一度も話をしていない。お互い目を合わせる事もなく、二人とも腕組みをしてそっぽを向いている。


「乙成ちゃん? あんまりはしゃがないの!」


「そうだぞ乙成ーあんま羽目を外すと、誰かさんみたいに醜態を曝す事になるぞー」


「は? ちょっとそれ誰の事言ってんの?」


 口を開いたかと思えばこれだ。滝口さんが突っかかつたせいで朝霧さんが反応し、今は口汚く罵りあっている。 


「ちょっとちょっと! こんな所でやめましょうよ! 乙成! 朝霧さんを連れて食べ物買ってきて!」


「了解しましたっ」


 そう言うと、乙成は朝霧さんの手を引いてそそくさと食べ物を買いに行った。二人が居なくなり、落ち着いた俺達は、近くにあった食事スペースになっているテーブルまで移動し、向かい合って乙成達の帰りを待つことにした。


「滝口さん、こんな所で喧嘩するのはやめてくださいよ!」


「オレは本当の事を言ったまでだ」


 滝口さんは依然ツーンとした態度で悪びれる様子も無い。能天気で三歩進めばすぐ忘れる体質だとばかり思っていたが、案外根に持つタイプなんだな。

 

「喧嘩するなら、なんで来たんですか……」


「オレはな、前田。朝霧さんに一矢報いてやりたいんだ」


「というと?」


 いまいち要領を得ない。滝口さんは何が言いたいんだ? 滝口さんは得意そうな笑みを浮かべながら話を続けた。


「オレはやられたらやり返す。オレ様のピュアな心を弄んだあの女に一泡吹かせてやるのさ!!!!」


「だから何を?!」


 段々イライラしてきた。さっきから何を言っているんだこいつは?


「フフフ……数多の合コン、飲み会を経験して培ったオレのトーク力……そしてこの、見た目だけなら爽やかな笑顔! おまけにアラサーに刺さる年下男子ときた!! もう分かるだろ前田!! オレは朝霧さんを惚れさせる!!!!!」


「ええええええ?!?!」


 いきなり何を言い出したかと思えば……それってめちゃくちゃややこしい事にならん?


「驚いたか! オレは常に驚きと感動を与える男だ! あの夜の出来事から早一ヶ月……ついに実行に移す時が来たのだよ!!」


 フハハハと、まるで魔王の様な笑い声をあげる滝口さん。俺は突然の滝口さんの告白に、驚きを隠せないでいた。


「てか、そんな事するならなんで喧嘩売ったりするんですか!」


「オレは機会を待っていたのだ……こういうのは一番最悪な時から始めるのが最も効果的だ。前田、お前がうまい事その流れを作ってくれたわけだ!」


 なんてこった……アラサー独身婚活女性を罠にはめるだなんて……前々から思っていたが、もしかしてこいつは畜生なのか?


「前田さーん! 買ってきましたぁ! さぁ! 食べましょう!!」


 そこへ、両手にあらゆる食事を乗せたトレーを持って乙成達が帰ってきた。なんの迷いもなく乙成は俺の隣に座ると、朝霧さんは嫌な顔をして渋々滝口さんの隣に腰を下ろした。


 こうして、ゾンビに魔王にアラサーという謎のパーティでのクリスマスディナーが始まった。


 

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