第28話ゾンビとクリスマスマーケット
拝啓、母上様
僕が東京に来て、もう6度目の冬になろうとしています。日に日に寒さが厳しくなってきて、朝晩の冷え込みに僕は中々順応する事が出来ず、女子高生が履くくらい長いハイソックスを履いて日々仕事をしています。
そちらはどうでしょうか? と言っても、静岡と東京じゃ、そんなに変わりはしないですね。
それにしても本当に寒い。いえ、外ももちろん寒いのですが、何が寒いって
それは
僕の会社、もとい僕の部署の冷え込みが過去最高を記録している事です。
なんなんでしょうかこの冷え込みは。節電とか言って効きの弱い暖房しか入っていないのも要因の一つではありますが、問題はもっと深刻なのです。
僕の同僚である、先輩と上司の仲の悪さが尋常じゃないのです。
きっかけはひと月程前の出来事でした。僕の同期の誕生日パーティに行った帰りに、何やら一悶着あった様で……以来仕事中も口をきかない、何かあったら僕経由で話をする。そんな関係が続いているのです。
彼らは一体どうなるのでしょうか……僕はこのギクシャクした中でいつまで仕事を続けたらいいのでしょうか。
長くなりましたが、母上様もお体には気を付けて。年末にそちらに帰れるので今から楽しみにしております。 敬具
さて、母上様への手紙風でお送りしてきた前前前回くらいのあらましなのだが、あれからひと月近くたっても滝口さんと朝霧さんの仲は良くならない。
前から仕事中に会話する様な感じではなかったが、最近じゃ細かい仕事の指示まで全て俺を経由してやってくる。チャットという文明の利器が存在しているのに、だ。
「ちょっと前田くん」
ほらきた。
「はい! 朝霧さん何でしょうか?」
「これ、この発注書。数量の記載が漏れてるわ。Tの担当したやつよ。直して先方に送ってって言って頂戴」
Tとは滝口さんの事だ。この距離で滝口さんにも聞こえているだろうに、わざわざ俺を呼び付けてこういった細かい指示を出してくる。
「前田、ちょっと」
今度は滝口さんだ。
「はい何でしょう?」
「Aさんに頼まれてた請求書、届いたから確認してもらって」
「はい!!」
…………
………………
……………………
自分でやれや!!!!!! ったくなんでいい歳した大人がお互いの名前をイニシャルで呼び合って避けてるわけ?! いくら俺が心優しき紳士だからってて毎日毎日伝書鳩扱いしやがって!!!! めんどくせえんだよ!!!!! くそが!!!!!!!!
などと言える筈もなく、俺はいそいそと滝口さんから受け取った請求書を朝霧さんに確認してもらう。俺にだって多少は仕事があるのに……
「前田さんっ」
「のわっおおお乙成か……びっくりさせるなよ……」
席につくなり乙成が覗き込む様に、俺の視界にピョコっと現れた。
滝口さん達の事も俺の心配事の種ではあるが、最近もっぱら俺の頭に浮かぶ気になる事と言えば乙成だ。
先日不覚にも、乙成の事を可愛いなどと思ってしまった事だ。
これは事件。誠に不本意であり、由々しき事態だ。
今もなんでデスクまで来て、わざわざ覗き込む様に俺を見るんだ? 少し屈むと、垂れ下がった前髪の隙間からしっかり顔が見えるだろう。その大きな両目でこちらを見られると、なんだか無性に恥ずかしくなるんだ。
「えへへごめんなさい、前田さんって今日定時後空いてたりします?」
「え? 特に用事はないけど……」
「じゃあみんなで行きましょうか! クリスマスマーケット!」
「ええっ?!」
と、思わず驚いてはみたものの、クリスマスマーケットってなんだ?
「ごめん、クリスマスマーケットって何?」
「なんか良くわかんないんですけど、この時期だけやってるお祭りみたいなものだそうです! 平日もやっているそうで、朝霧さんが行ってみようって! 食べ物とかもあるみたいなんで晩御飯がてらに! 前田さんも行きましょうよ!」
めちゃくちゃワクワクしてる……ゾンビってこんなにキャピキャピするもんなの……? いかん。余計な事を考えるな……!
「あ、ああ……別にいいけど」
「やった! あ! 滝口さんも行きましょう!」
「「はぁ?!?!?!」」
滝口さんと朝霧さん両方が口を揃えて渾身の「はぁ?!」と言った。こんな険悪なのに息はぴったりなんだな。
「ちょっと乙成! 前田はともかく、なんでそいつを誘うわけ?!」
「え? だってみんなで行った方が楽しいじゃないですか!」
乙成はここ最近の険悪ムードにまるで気付いていない様だ。
「乙成あんたねぇ……」
「オレはいいっすよ、行っても」
なんと、絶対に断ると思っていた滝口さんが行くと言ってきた。こ、これは何か波乱の予感が……
「滝口さん本当ですか! やったぁ! じゃあ終業後、みんなで行きましょう!!」
大丈夫なのか? これ……?
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