第27話ゾンビと拠点探し その2
「きゃっ!」
ドサッ
不意に出てきた何かによって、俺は分かりやすく足を引っ掛け、前のめりで倒れ込む。その時丁度振り返った乙成の腕を思わず掴んでしまい、俺達二人はもつれる様にして床に倒れた。
そして今……
「ま、前田さん……?」
俺は体は乙成を押し倒す様な姿勢で固まっている。よくあるラブコメのワンシーンの様な光景だ。俺の手は何故か乙成の両手首を掴んでいて、ぴったりと目が合う位置に顔がある。乙成の広げた両足の間に俺の腰がすっぽり収まっていて、否が応でもエロい事を連想する体勢だ。そして何故か二人とも、全く動こうとしない。
「乙成……」
普段は前髪でよく見えない乙成の顔がよく見える。大きくて丸い瞳に、形のよい唇。不安げに眉をハの字にしてこちらを見る姿は、ゾンビだと言う事実を度外視しても可愛い。こんなに可愛い顔をしてたっけ?
転んだ事でなったのか、今の状況でそうなっているのか分からないが、この瞬間、俺の心臓が今にも飛び出してきそうな程にバクバクと高鳴っていた。
俺達の距離は20センチもないか。もう少し顔を寄せれば乙成の唇に届いてしまいそうだ。
これ以上近付いたら、どうなるんだろう……?
ほんの少しの好奇心と期待が、無意識に俺の顔をゆっくり動かした。
もう少し……
ガンッ!!!!!
「いだっっっっ!!!!!」
ビクゥ!!!!!
突如として背後から何かが勢いよくぶつかる音と、男の声がした。びっくりして振り向くと、声の主は荷物の隙間に置かれた、棚代わりにされているデスクの足元でモゾモゾと頭を抱えて悶絶していた。
「え? 滝口さん!?!?」
「いってぇ……誰だよオレの昼寝を邪魔する奴はよぉ」
おでこの辺りを擦りながら涙目でこちらを向いた滝口さん。俺達は慌てて体を起こして揃って床に正座した。
「寝てたら何かが足にぶつかったと思って起き上がったらよぉ、机の天板におもっっきし頭ぶつけたわ……てか、お前ら二人で何してんの?」
まだ少し寝ぼけているのか、滝口さんはあくびをしながら俺達二人に聞いてきた。どうやら今の現場を見られていなかったようで俺は心の底から安堵した。
「屋上が寒いんで昼休みをゆっくり過ごせる場所を探してて……てか、滝口さんこそなんでここに? しかも毛布まで持ち込んで!」
見ると、滝口さんの寝ていた所にはご丁寧に畳んだダンボールを床に敷いて、掛け布団代わりのモコモコのひざ掛けまで用意されていた。
「ん? ここはオレが最近見つけた昼寝スポットだ! 夏までここにいた社員が退職したもんで、今はオレが使わせてもらっている!」
「夏までって……こんな所で仕事してた人がいたんすか……?」
ここはどう見ても他と隔離された空間。こんな所でしなくてはならない仕事なんてない筈だ。
という事は……俺の中で一つの悲しい状況が思い浮かんだ。
「まぁ俗に言う、追い出し部屋ってやつだな! 最後の奴は一人で頑張ってたみたいだけど、ついに退職の決意を固めてしまったらしい」
なんて恐ろしい場所なんだ……。周りと隔離された空間。こんな所で毎日仕事とも言えない雑務をさせられていたのだとすれば誰でも心が折れてしまう。この空間に流れる、鬱々とした空気の裏には、そんな事があったなんて……。
「私ここ落ち着きます……」
「な、なにぃ?!」
元追い出し部屋のこの空気が心地よいだと……!さすが乙成。やはり陰の者は無意識に陰の場所を求めてしまうのか……。
「ここいいですよ! 静かだし、掃除も行き届いていて! ここを第二の拠点としましょうよ前田さん!!」
「え、いや……でも……」
乙成の目が輝いている。でもここは既に滝口さんの昼寝スポットだと言っていたが……
「なんだよ、乙成もここ気に入ったのか? しょうがねぇな、お前らに譲ってやるよ」
「え! いいんですか?! 滝口さんありがとうございます!!! 良かったですね! 前田さん!!!」
「良いって事よ。これも健全な青少年育成の手助けって事で。あ、床硬いから、ダンボール使う?」
「ダンボールまで!!! ありがとうございます!」
滝口さんの言っている意図を、絶対に乙成は理解していない。
「じゃあオレ行くわ。前田、あんまり飛ばしすぎんなよ☆」
「違いますって滝口さん!!!! 俺達はそんなヘンな事をする部屋を探してた訳じゃ!!!!」
「良かったですね前田さん! 滝口さんのお陰で、これからはここで存分にまろ様チャージが出来ますよっ」
行ってしまった……。ハハ……なんか乙成は喜んでいるみたいだから良しとする……か。
こうして、なんとか冬を越せる為の拠点を得る事が出来た俺達だったのだ。
にしても、
もしあの場で滝口さんが出て来なかったら、俺達はどうなっていたんだ?
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