第100話戦闘開始〜アンデッドな彼女番外編〜

 俺が覚悟を決めた途端、戦闘モードに切り替わったのか先程までの田舎の風景は何処かへ消え、かわりにむき出しの岩肌が広がる、だだっ広い場所に移動していた。


 おあつらえ向きの何もない空間。戦闘の為だけに用意された、所謂ヤリ部屋というやつだ。


「前田さん、気を付けてください……! 彼らの力を侮ってはいけません!」


「わかってる……って、なんだ乙成? その杖?!」


 俺の後ろで警戒の糸を弛める事なく真剣な面持ちで目の前の彼らに対峙している乙成。その手には魔法少女が使う様な星型のステッキが握られていた。


「なんかいつの間にか手に持ってました! これで前田さんをサポートしてみます!」


 にこやかにピースサインをして華麗にターンする乙成。この状況に全くもって不釣り合いなテンションだ。その魔法の杖を持つと、テンションまで魔法少女になってしまうのか?



「何をごたごた騒いでいるのだ。貴様らが動かないのなら、こちらからいくぞ!」


 ごちゃごちゃやっていた俺達にしびれを切らした蟹麿の掛け声で、戦闘がスタートした。それにしても、本当に俺の声にそっくりだな。俺、この戦いが終わったら、そっくりさん番組とかに出てみようかな? 声優の声にそっくりとかも扱ってくれるのだろうか……。



 最初に攻撃の姿勢を見せたのは蟹麿だ。蟹麿は懐からまぁまぁな大きさの爆弾の様な物を取り出す。あれがさっき言ってたか?


「爆ぜろ……愚者が……」


「キャーーーーーー!!!! 前田さん今の聞きました?! あれ、まろ様が戦闘中に必殺技を出す前に言うセリフなんですよ!!! あの時のカットインで入る絵もめちゃくちゃ格好良くって! まさか生で聞けるなんて感激です!!!!」


「今そんな場合じゃないってええ!! 避けろ!」


 推しに会えた喜びで打ち震える余り、今は戦いの真っ最中だという事をすっかり忘れている乙成。俺はそんな乙成を抱きかかえる様にして、蟹麿の攻撃を避けていく。


「まろ様は前衛でガンガン攻撃を仕掛けてくるキャラなんですよねー花火や爆弾などの飛び道具をよく使います! クールっぽいキャラなのに、意外と脳筋な戦い方をするってファンからよく言われてます!」


「説明どうも……! おい、蜂朗がなんか取り出したぞ?!」


 俺の腕の中で律儀にもキャラの説明を入れてくる乙成。こんな時にとも思うが、データはあるに越した事はない! と、ここで蟹麿の後ろで何やらゴソゴソしている蜂朗に注目した。



「蜂朗は後方から吹き矢で毒針を飛ばしてくるのです! まろ様がフィールドの敵1体に対してダメージを与えるのに対して、蜂朗は全体攻撃を得意とするキャラで、あの毒針にあたると一定時間ダメージがゴリゴリ削られるから要注意です!」


 乙成の言う通り、蜂朗は俺達に向かって的確に矢を撃ち込んでくる。


「おおーすげえすげえー。蟹麿ー、あの穢れ達案外すばしっこいぞぉ」


 俺達が必死に逃げ惑う姿を、岩の上から手を叩いて見物する祐天。あの鼻につく笑い声で、俺達を見下し笑っている。


「くそ……! あの猿野郎め!」


「その意見には同感だ。まさか穢れと意見が合うとは」


 俺の悪態にすかさず蟹麿が反応する。どんだけ祐天の事嫌いなんだよ。でも始終あのテンションで居られたら、俺も苛つくかもな。現に滝口さんに苛つく時あるし。



「逃げてばっかじゃダメだぞー! 反撃しろー! うひゃひゃ」


 クソ、マジでムカつく笑い方だ! でも確かにあいつの言う通り、逃げてばかりではそのうちこちらの体力が尽きる。俺は発現した能力を使うべく、立ち止まって奴らに向き直った。



 俺が手を前に突き出すと、手のひらから毒々しいヘドロが姿を現した。俺の意志ひとつで、右手のヘドロは形を変えながら宙をフヨフヨと浮いている。


 俺は、蟹麿達めがけてヘドロを勢いよく噴射した。



「うっわ……キモ! なんか変なの出してきたー!」


 栗花落が慌てて蜂朗の影に隠れる。くっつくなと蜂朗は怒っているが、服が汚れるからと言って、栗花落は蜂朗にしがみついたまま離れようとしない。


「いっけええええええ!」


 俺は間髪入れずにヘドロを噴射しまくる。辺りは俺のヘドロのせいで汚くなっていくが、気にしない。ゲームとかではすぐに消えてなくなるけど、実際はこんな感じなんだろうな。俺のヘドロはベチャベチャと汚い音を立てながら、付着した地面や岩肌を溶かしていく。俺のヘドロの成分ってなんなの?



「く……あの穢れ、なかなかやるな。気を付けろ、あれに当たったらひとたまりもないぞ」


「おらおらどうしたああーーー! さっきまでの威勢はよお!! 俺のヘドロで全部溶かしてやるぜええええええええ!」



 華麗な見のこなしでヘドロを避けていく蟹麿。間髪入れずにヘドロを投げつける俺。心なしか喋り口調まで悪役のソレになっている。やっぱり人って、与えられた役割を演じようとする生き物なのだな。



「そこまでだ」


 逃げ惑う蟹麿達の間から、ずいと俺の前に立ちはだかる男がある。来楽臼千弦だ。落ち着いた口調で、皆の前に出てきたが、その目には怒りの炎が燃えている。俺は、ついヘドロをまき散らす手を止めてしまった。


「これまでの暴虐、到底見過ごす訳にはいかない。この地を穢す悪しき者よ、貴様の汚した大地で散っていった数多の生命……俺が皆の仇を討ってやろう」


 やっべ。千弦を怒らせてしまった。マジで胸板が倍くらいになってる様に見える。あの胸板の圧だけで、早くも俺の心がしぼみかけた。


「前田さんやっちゃいましたね〜。千弦は自然をこよなく愛する男なのですよ! 環境に配慮していない、このヘドロ攻撃は彼の逆鱗に触れてしまった様です! ちなみに千弦は防御キャラで、戦闘中は最前線で鉄壁の護りをみせてくれます! 必殺技は肉の壁。一定時間全ての攻撃を千弦が受けてくれるのです! あれやられるとキツいんですよね〜。ただでさえ硬いキャラなので、ちょっとやそっとじゃ倒れないし、攻撃を一身に受けるので、その隙に他のキャラを回復されちゃったりなんかして……」


「解説ばっかじゃなくって、お前もなんとかしろって!」


「何を言っているんですか! 私はサポートキャラ! プレイヤーである前田さんをそっと見守る妖精さんポジションなのですよ! この私のサポートがあるから、前田さんは彼らの攻撃を防げているのです!」


 自称妖精さんである乙成が、俺の後ろでプンスカしている。防げているというより、ただ避けているだけなのだが……。


「ええい、千弦の肉の壁がなんだって言うんだ! 俺のヘドロ攻撃を持ってしても、そんな大ぐちを叩けるのかな?!」


 俺は渾身の力のを込めてヘドロを千弦達に向かって投げつけた。肉の壁こと千弦は「ふん!」と厚い胸板をせり出して勢いを込めると、その全身にシールドの様なオーラを纏って、俺のヘドロをいとも簡単に弾き飛ばしてみせた。


「さっすが! つよーい!!」


 千弦の肉の壁の向こうで栗花落がぴょんぴょん飛び跳ねて喜んでいる。俺も負けじと、ヘドロをベチャベチャ放出させる。



「……っは! しまった……! 祐天!!」




 次々とヘドロを弾き飛ばしていた千弦が、急に護りの手を止めたかと思うと、慌てて祐天の方へと注目した。

 俺の放った一撃が千弦の肉の壁にぶつかり、勢いを殺す事なくそのまま祐天目掛けて飛んでいったのだ。


「ぬあ?!?!」


 


  

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る