第101話狩られる痛み〜アンデッドな彼女番外編〜

「ぬあ?!?!」



 俺の放ったヘドロの一部が、勢いを殺す事なく祐天目掛けて飛んでいった。岩場で悠々と戦いを見学していた祐天は、突如として自分へ矛先が向いた事に驚き、岩からバランスを崩して地面へ落っこちた。


「いっっってええええええええええ」

 

 地面に落ちた事で、奇跡的に俺のヘドロを回避した祐天。しかし落ちた時の衝撃で肘を痛めてしまった様だ。それを見た栗花落つゆりが慌てて祐天の元へと駆け寄る。



「なんかまぐれではあるけど、祐天にダメージを負わす事が出来たぞ!」


「流石前田さんです! でもちょっと可哀想……」


 俺が喜んでいると、その隣で申し訳なさそうにする乙成。なんだよ、そんな顔されたら俺が悪い奴みたいじゃないか……。



「祐天大丈夫? 待ってて! 今手当てするから……」


「栗花落、そこをどけ」



 なにやら回復魔法の様なものを繰り出そうとしている栗花落に、蟹麿がそれを制止する。肘を抑えて悶える祐天。何だ? 一体何が始まるんだ?



「いってぇ……お? なんだ蟹麿? そんな怖い顔して」


「普段から甘味ばかり食っているから、そんな軟弱な身体になるのだ。しかし……この機を逃す手はない! 祐天!! 今日こそ年貢の納め時だ! 貴様を亡き者にしてやる!!!!」



「お、おい……? なんか向こうで揉めだしたぞ?」


「あれは……。ッハ! 前田さん! チャンスです!逃げましょう!!!」


「え? あ、えぇ?」



 突如として祐天を攻撃しだした蟹麿を見て、何か思い当たる節があったのか乙成は、俺の手を引いて急いでその場を離れた。



「はぁ……はぁ……つ、疲れた……。おい、どうしたんだよ乙成? 急に走り出したりなんかして」


 しばらく夢中になって走って逃げていたせいで酷く息があがっている。乙成も肩で息をしながら、少し離れた川辺に二人して腰を落ち着けた。


「あれは原作の戦闘中に起こる演出のひとつなのです! 同じパーティにまろ様がいて、祐天のHPが30パーセント以下になった時にランダムでまろ様が祐天を攻撃しだすって演出です!」


 人差し指を立てて、解説モードに入る乙成。何故か本まで小脇に抱える徹底ぶりだ。その本どっから持ってきたの?


「え? でも祐天は同じパーティにいるんだろ? 味方なのにどうして……」


「前田さん、まろ様と祐天の因縁は、それほどまでに根深い物なのですよ! まぁ、根に持っているのはまろ様の方だけですけど……。とにかく! 戦闘中は祐天のHP管理を怠ると、あっという間に味方の筈のまろ様にとどめを刺されてしまいます! 結構あの演出がくせ者なんですよねえ〜。祐天も前衛キャラなので敵の攻撃を受けやすく、かつキャラの設定上、どれだけスキルアップさせて防御固めても、元々の防御力が低いので結構食らうんですよ! その理由も、祐天は超がつく程の偏食で、甘味と白米が好物って設定から来ている物らしいんですよねぇ~。そのかわり、彼の攻撃タイプは状態異常を起こす系の幻惑の術! ハマればデカい分、防御が豆腐レベルっていう所も、この作品のゲームバランスの良さを物語っていますよね! 人気なのも伺えます!」


「お、おう……」


 情報量の多い解説に、俺は口をポカンと開けたまま気の抜けた声を出して返事をする。やっぱり好きな物を目の前にすると、ここまで饒舌になれるんだな。


 てか、さっき肘ぶつけただけで祐天のHPは30パーセント以下まで下がったの? マジで豆腐じゃん。俺のハトコも昔、高さ50センチないくらいの棚から落ちて腕骨折した事あるけど、そういえばあいつも野菜は全く食わないって言ってたっけ? やっぱり食事はバランス良く食べるのが一番なんだな。



「さて……とにかく奴らから逃げる事は出来た訳で……これからどうする?」


 運良く彼らが仲間割れを起こしてくれたお陰で、こうして一旦は腰を落ち着ける事が出来たが、ここから何をどうしていいのやら全く検討がつかない。


 そもそもここにいる理由も分からないし、穢れと言われていきなり襲われる理由だって皆無だ。俺達は望んでゾンビになった訳じゃないのに……


「この世界では、私達はおとぎ話の世界を歪める存在となってしまった様ですね……私はずっとゲームをプレイしていて、こういった歪みをまろ様達と共に倒してきたから、自分が敵側の立場になってしまったという事がとても複雑です……」


 川の穏やかなせせらぎを見ながら、乙成はしょんぼりした様子で言った。確かにさっきは勢いにまかせて戦う事になって、乙成も推しに会えて興奮してはいたが、今の状況は乙成にとって良い事ばかりではない筈だ。俺はボロボロの灰色の手を伸ばして、乙成の手を握った。


「前田さん?」


「一緒に探そう」


「え? 何をですか?」


 乙成は理由が分からず、不思議そうに首をかしげている。俺はそんな乙成の手を、より一層強く握りながら彼女の目をジッと見つめた。


「だから! ゾンビ化を解く方法を、だよ! 蟹麿も言ってただろ? 穢れなのに口を聞けるのかって。多分俺達は、この世界でも異質な存在なんだ! もし元の姿に戻れたら、蟹麿達と戦う理由もなくなるだろ?」


「前田さん……私の為に……」


「だってさ、お前の好きな人なんだもんな! 俺、そんな人と戦って、お前が悲しむの見たくないよ!」


 田舎の綺麗な川辺に座り込んで身を寄せ合うゾンビ二人。端からみたらかなりおかしな姿に見えるだろうが、そんな事は気にならない。ひとまず命拾いした安堵と、これから先の事を考えねばならない。

 だがその前に、今はただ二人で、静かに身を寄せ合っていたい。もう少しだけ、このままで居させて欲しいと願った。



「見つけたぞ。もう逃がしはせん」


 

 

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