第38話熱にゾンビ
頭が割れる様に痛い
喉の辺りは熱を持って、その熱で喉が乾く。
いくら水を飲んでも気休めにしかならないし、敏感になった皮膚は、服が擦れる度にザワザワと粟立っていて落ち着きがなく、鼻をかみすぎて小鼻はヒリついている。節々は軋む様な痛みを感じ、全身が鉛の様に重たい。
これはつまり
風邪だ。
やってしまった……年末に寒空の下、セーターとマフラーだけでうろついたせいだ。例のアレ以来、数ヶ月ぶりの高熱だったが、幸いにもただの風邪だった様で、薬を貰って安静にしてろとの事。しかし、正月でやっている病院がなかったので緊急外来にかかったせいで高くついた。
本当に最悪だ。
風邪を引いて既に三日目……薬を飲めば多少は楽になるが、まだしんどさは抜けきらない。数時間前に食べた食事の片付けもそこそこに、俺はダラダラとベッドで横になっていた。
ピンポーン
「うぁ?」
突然鳴ったインターホンの音で目が覚めた。どうやら、いつの間にか寝てしまっていたらしい。部屋の中はすっかり暗くなっており、インターホンのモニターの明かりだけがぼんやりと光っている。
「誰だよ……通販とかした覚えないし、受信料の奴らか……? いや、もしかして新手の宗教の勧誘……」
ぶつくさと文句を言いながらモニターを確認すると、そこに映っていたのは宅配便でも勧誘の人でもなく……
乙成だった。
「え?! 乙成?!」
「前田さーん! お見舞いに来ましたよ! 開けてくださいー!」
モニターのマイクで俺が乙成の名前を呼ぶと、モニター越しに元気な声が返ってきた。
慌てて玄関の扉を開けに行くと、そこには顔に合っていない程デカいマスクをつけて、両手には買い物袋を持った乙成が立っていた。マスク越しでも分かる程のニコニコ顔だ。
俺は、急に現れた乙成にびっくりした事はもちろんだが、それより何より、ゾンビが医療用のしっかりしたマスクを付けているという事実の方が気になってしまった。こんなにもミスマッチな物は他にないだろう。ちょっと面白い。
「なんでうち知ってるの?」
「滝口さんから聞きました!」
きっと滝口さんに、見舞いに行けと焚き付けられたのだろう。しかし、会社終わりにわざわざお見舞いに来てくれるとは……なんだか悪い気もしたが、両手の買い物袋には食材がギッシリ詰まっている。明らかに何か作ってくれるつもりで来た乙成をこのまま帰らせる訳にもいかないと、俺は乙成を部屋に招き入れる事にした。
「これ、滝口さんからのお見舞いの品です」
部屋に入るなり両手に持っていた重そうな袋を下ろして、自身の鞄の中からスッポンドリンクを取り出し俺に渡してきた。
「これ、良いやつらしいんです! 滝口さんオススメって言っていました!」
スッポンドリンクのラベルには、妙に赤黒く雄々しいスッポンらしき亀が上を向いている絵が描いてあった。
「お、おう……後で飲むわ、ありがとう。で、なんでまたお見舞いなんか……?」
「ここが前田さんのおうちなんですねぇ〜なんか男の部屋って感じです!」
「聞いてる?」
乙成は男の部屋が珍しいのか、さっきからキョロキョロ至る所を観察している。実家から帰ってきたまんまで放置された荷物とかがそこら辺に転がっているので、あんまり見て欲しくないのだが……
「聞いてますよ! 前田さんが新年から風邪を引いたと聞いて、お見舞いにあがったのです! きっと碌なもの食べていないんじゃないかなって思って! これは……パスタのゴミ?! 具合悪い時は消化に良いもの食べないと! 待っててください! 今ご飯作りますから!」
そう言うと、乙成は台所を借りると言って食材の入った袋を抱えて廊下に面した台所に向かって行った。
やっぱりと言えばやっぱりの展開だった。
出来るまで横になっててくれと、半ば強引に乙成は廊下兼台所の扉を閉めて、俺を部屋に閉じ込めた。扉の小さな磨りガラスの向こうに乙成の影が見える。それと同時に、軽快な包丁の音も……
これは……俗にいう、お見舞いイベントというやつだよな……?
女の子がお見舞いに来て、なにやら色んな事が起こるというあの……
もう使われ過ぎて手垢の付きまくったドキドキイベントだよな?!
ヤバい……どうしよ。軽はずみで部屋にあげたけど、冷静になってみたらこれって凄い事だよな? そんな事想定してなかったよ……風呂は入ってるけど、ねずみ色の上下スウェットだし、髪はボサボサで、熱のせいで何歳か老けて見える。とてもじゃないがドキドキどころじゃない。
第一、女の子が俺の部屋にいる事自体初めてだ。引っ越した当初に母さんが遊びに来た以来か? いや、母さんは女の子には含まれないよな、あ、でも世間的に言えば女性はいつまでも女の子なんだよな? 母親を度外視したら昨今の風潮ではめちゃくちゃ叩かれる事うけあいだし……もう分からなくなってきた。母さんは結局女の子に含むのか?
「今おかゆ作っているので、その間にちょっと机の上、片付けますねー」
「えっあ、ごめん。俺やるよ!」
「もぉー! 寝てないとダメですよ! また熱があがっちゃいます!」
そう言って、乙成は俺を無理やりベッドに横にさせた。熱があるせいなのか、顔が熱い。布団の隙間から、せっせと机の上のゴミを片付ける乙成の姿が見える。俺は、なんだか恥ずかしいやら、気まずいやらでドギマギして落ち着かなかった。
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