第37話初詣とおみくじ


 翌日。


 今日は大晦日。毎年日の変わる瞬間、家族で近所にある神社にお詣りに行く。


 去年は親父と母さんの三人だった。今年はそこにリンも加わって、四人揃って年越しの瞬間を迎える。

 なんやかんや言って数年ぶりに家族全員揃うんだ。やっぱり家族全員揃うって良いよな、なんて思ってた矢先……

 

「さ〜む〜い〜!!!!」


 リンが神社までの道中、あまりの寒さに耐えきれず俺の腕に纏わりついてきた。


「やめろって! くっつくな! こんな真冬に、そんな足出してるからだろ?」


 今日のリンの恰好も、相変わらず露出の多いファッションだ。厚底靴で身長が倍になっているから、めちゃくちゃ目立つ。おまけにこの容姿だ。

 いくら辺りが暗いといっても、今日は大晦日。神社まで続く道にも出店が並んでいて明るいし、普段じゃあり得ない程の人の多さだ。横にいる俺が、まさか彼氏だなんて思われる心配は皆無だろうが周りの人の視線が痛くて、なんかやりづらい。


「えー。じゃあそのダウン貸してよ。このままだと風邪引いちゃう!」


「絶対に嫌だ」


 俺が拒否するや否や、リンはいきなり俺の首に巻いてるマフラーをひったくった。


「あ!」


「へへ〜ん! 兄貴のマフラーゲット♪ これで少しはマシになるわ〜」


「返せっ」


「やなこった〜♪」


 そう言って、リンは厚底靴をもろともせず神社まで駆けて行った。


「良いじゃない、マフラーくらい」


 隣でやり取りを聞いていた母さんがたしなめる様に俺に言ってきた。


「俺は首を冷やしちゃダメなんだ! あれがないとすぐ風邪引く……」


「お詣りしたら温かい甘酒買ってあげるから、我慢なさい」


 ぐぬぅ……こういう時長男は弱い。何かにつけて弟に譲らないといけない構図は、子供の頃から何ひとつ変わっていない。これで何回泣きを見たことか。


「は〜やく〜!」


「あのすみません、もしかしてリンちゃんですか? 配信見てます!」


 境内に続く階段の上で、リンが俺達に手を振っていると、横から突然二人組の女性がリンに話しかけてきた。


「あ、そうですよ〜」


「キャー本物!! あの、私達めっちゃファンなんです! リンちゃん可愛いし、いつもメイクとか勉強になるなって思ってて! 実物マジ可愛い!」


 女性達は興奮した様に飛び跳ねながら、リンの手を掴んでブンブン振り回していた。心なしか、ちょっとリンも引いている様に見える。


「あはは……ありがとう〜また年明け配信やるから見てね?」


「絶対見ます! あ、写真一緒に良いですか?! リンちゃんって実物見ると、やっぱりイケメンですよね! この前の男装配信も見ました! 背も高いし本当にモデルさんみたーい!」


 事情を知らない人も、何事かと足を止める。そうこうしている内に、リンの周りにはちょっとした人集りか出来ていた。


「あの……ちょっと声! 少し抑えて……!」


 小声でリンが制止するが、女性は相変わらず歓喜の叫びをあげ続けていて耳に入っていない。それどころか、さっきからベタベタとリンの体に馴れ馴れしく触っているではないか。


 このままだと周りにも迷惑だと思った俺は、困り果てるリンの手を掴むと、強引に人集りの中から引っ張り出した。


「すみませーん! 通行の邪魔になるのでー!」


 一応大声で声掛けをして、俺達は順路から少し離れた所まで避難した。リンがその場から消えた事により理由も分からず集まってきた人達も、みな何事もなかったかの様にその場から立ち去って行った様だ。

 

「はぁ……なんとかなったか」


「兄貴ありがとう。あの場から連れ出してくれて」


 人集りから離れてホッとしたのか、リンは少し弱々しくお礼を言ってきた。


「ったく、なんか馴れ馴れしい奴だったな。リン大丈夫か? 体ベタベタ触られてたみたいだけど?」


「うん……たまにいるんだよね、ネットだと距離が近く感じるのか、グイグイくる人。もう慣れたけど、流石にこんな所で人に囲まれるなんて思わなかったから、ちょっと怖かった」

 

 見ると少し手が震えている。俺には全く縁のない話だが、リンはいつもこんな思いをしているのか?


「好きな事なんだろうから、やめろなんて言わないけど、あんまり無理するなよ? ほら、これ着て」


 そう言って、俺は自分の着ていたダウンジャケットをリンに渡した。どこにでもあるフード付きの紺のダウンジャケット。これで顔を隠せば、少しは目立たなくなるだろう。


「え、いいの? でも兄貴が寒いよ……?」


「その代わり、マフラーは返せ。手袋もしてるし、ちょっとお詣りしてすぐ帰れば平気だろ」


「兄貴……ありがとう」


「もぉ〜こんな所にいた! お父さんと探したわよ! あら? 何廉太郎。リンちゃんに上着、貸してあげたの?」


 母さんが人混みの中をかき分けてこちらに向かって来た。俺がリンを連れ出したもんだから、人混みに紛れて見失ってしまったらしい。俺はセーターとマフラー、手袋といった軽装備で、鼻をすすりながら向き直った。


「リンが寒いって言うから」


「まぁ優しいお兄ちゃんだこと! さぁさ、お父さんが並んでてくれてるみたいだから行きましょう!」


 そう言って、母さんは意気揚々と俺達を引っ張って歩き出した。フードで顔を隠す事が出来たリンは、その僅かな隙間から俺の方を見て嬉しそうに笑っていた。


「あ、おみくじあるよ兄貴! やろうやろう!」


 サクッと参拝を終えた俺達は、境内の横にある授与所でおみくじを引く事にした。


「さて、俺の今年の運勢は……」


 小吉……まぁまぁだな……


「病気、気をつよく持て。なおる」


 ほう……


「恋愛、思うだけでは駄目」


 ぐ……


「願事、ととのう、しかし色情いろごとにつき妨起さまたげおこる」


 な……


「兄貴イマイチだねー」


「おい! 人のおみくじを読み上げるな!!」


 リンが俺の後ろから抱きつく様にして覗き込んできた。俺の上着を広げて二人羽織みたいに包みこんでくる。人の上着を着てホックホクなのか、背中にあたるリンの体が温かい。絵的にいちゃつくカップルみたいだけど中身が男で、しかも弟なのでややこしい。なんで最近、俺の周りの奴は距離が近いんだ……。


「離れてくれ……」


「えー! 良いじゃん! 兄貴の方がちっちゃいから、なんか彼女っぽくて可愛いし♪」


「女の子の見た目の弟が、兄を彼女扱いしてきてバックハグ……一部のマニアが喜ぶ展開だな。父さんの会社の連中に見せれば、一儲け出来そうなシチュエーションだ。どうだ廉太郎、お前もリンちゃんの配信に出てみては……」


 顎に手をおいて頷きながら大真面目な顔をして親父が言った。


「やめろって! 何息子で金儲けしようとしてるの!」


「えーお前も結構ソッチに受けそうな顔をしてるのにー」


「親父そんなキャラだった?! 良い声で変な事言わないでよ!!」 


「ほらほら! 甘酒買うわよー」


 母さんに呼ばれて、俺達は大鍋から次々と注がれる甘酒を受け取った。親父は今だに、俺✕リンというカップリングに可能性を見出している様で、ぶつくさと文句を言っていたが、俺はそんな親父を無視して、甘ったるくて温かい甘酒の余韻に浸っていた。

 

 *****


「あーなんか、あっという間だったねー。ねねっ、今日兄貴んち泊まってもいーい? もうちょっと一緒にいようよー」


 翌日、母さん達と最後の別れの挨拶を済ませて、新幹線に乗ってやっと東京に着いた。席こそ別々だったが、またしても偶然同じ新幹線で帰ってきた。そのまま駅で解散するかと思いきや、リンはホームで俺の姿を見つけるやいなや、今度は泊まりたい等と言い出したのだ。


「明後日から仕事だからもう駄目。俺は丸一日ゆっくりするんだ!」


「ちぇー兄貴って全然若者っぽくないよなー。しょうがない! 遊びに行こー♪」


 そう言って、リンはスマホで誰かに連絡を取り始めた。呼べばすぐに会える友達がいるのか……。つくづく俺とは正反対だ。


「じゃあ兄貴、楽しかったよー! これからちょくちょく会おうよ! せっかく二人とも東京にいるんだしさっ♪ 彼女と仲良くねー」


 遊び相手がみつかったのか、リンは出口に向かって歩きながら大声で手を振って別れの挨拶をする。


「いや、だから……彼女じゃないって!」


「分かったって! あ、その子ってなんて名前なの?」


「お、乙成……あいりって子だよ」


 乙成の名前を口にした途端、元気よく手を振るリンの手が一瞬止まった気がしたが、すぐにいつものリンに戻っていた。


「あいり……じゃあその子にもよろしくっ!」


 あっという間に人混みの中に消えていくリン。全く、なんて騒々しい奴なんだ……。残された俺は、行き交う人を器用に避けながら、乗り換え口に向かって歩き出した。


「ックシュン! やべー風邪引いたかも……くそ……リンの奴」


 こうして、俺の短い帰省は幕を閉じた。


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