第24話ゾンビの欲しいもの その2
そうか、ようやく理解出来た。乙成にずっと感じていた思い。それは乙成の中にある、ぽっかりと空いた寂しさだ。誰も見ていないという寂しさ、孤独、無関心。
だからこの世界ではない何処かへ行ってしまいたいと願ったのだろう。大好きなものに囲まれた、自分を見てくれる世界に――。
俺も友達は多い方ではない。人より経験も無いだろう。でもそれ以上に、乙成は多くの事を知らない。
こんな俺に何が出来る?
無趣味、無個性、素人童貞の俺に。なんの取り柄もない俺が、この子にしてあげられる事……
それは……
「違うんだって乙成!!!」
「!!!!」
俺は自分でもよく分からないが、地べたにへたり込む乙成に近づくと、泣いている乙成の顔を両手で思いっきり挟んで無理矢理こっちを向かせた。大粒の涙がこぼれ落ちる乙成の大きな瞳が、驚きながらも俺の姿をしっかりと捉えていた。
「何があったのかなんて知らない! お前がどういう生き方をしてきたのかも、誰といたのかも! でも俺は……! 俺はお前を見捨てない! 成り行きとはいえこうなったんだ! 絶対に見捨てない! お前が行きたい所に何処にでも付き合う! やってみたい事を叶えてやる! だから……だから二度と消えようなんて、居なくなりたいなんて思うなよ!!!」
俺もそんな無関心の人達の一人だった――。
昨日今日で出会った間柄じゃない。なのに俺は、乙成の事も、彼女が今までどんな気持ちで過ごしてきたのかも知らない。同期なのに下の名前すら満足に覚えていなかった。
そんな俺が、この子にしてあげられる事……。
それは
楽しい思い出をたくさん作ってあげる事。
なんでこんな事を思ったのか分からない。乙成と話すようになったのだって、ここ最近だというのに。
でも、寂しいじゃないか。自分の事なんか誰も見ていないなんて。
滝口さんも、朝霧さんも、北見部長だって乙成の事をちゃんと見てるし気にかけてる。
今は、俺だって……
一番ではないかもしれない。ただの職場の同僚だし。でも、こんな俺にも何か出来るはずだ……!
「前田……さん?」
次の瞬間、乙成の前髪で隠れた顔の右半分が眩しく光って辺りを包んだ。視界を覆う程の眩い光に、俺は思わず目を逸らした。
「わっなんだ?!」
シュウウウウウウ……
聞き慣れた音と共に俺が顔を上げると、そこにいたのは爛れていた筈の右半分の顔が綺麗さっぱり治った乙成の姿だった。
「前田さん……これ……!」
いつの間にか泣き止んでいた乙成は、震える手を自分の顔に持っていき、その指先一つ一つに感じ取らせるかの様にゆっくり治癒した顔を触った。
「治ってる……! 前田さん! 治ってますよ!!!」
「あ、あぁ……」
「凄い!! あんなに酷かった顔が! 元に戻っている!」
驚いたまま固まっている俺を後目に、乙成は嬉しさでぴょんぴょん跳ねながら、手鏡で何度も自分の顔を覗き込んでは喜んでいた。
本当に治ってる……でも俺、今蟹麿の声じゃないのに……?
「前田さん! これも全て、前田さんのお陰です!! 本当にありがとうございます!!! 前田さんの思いで、きっと浄化されたんですよ!」
「は、はは……それなら何より」
「前田さん」
喜んで飛び跳ねていたかと思えば、今度は急にかしこまって乙成は俺の手を取って向き直った。
「は、はい」
「私、まだ前田さんとお友達でいてもいいですか?」
「そんなの……もちろん!」
俺の言葉を聞いて、乙成は嬉しそうに笑ってみせた。
そうだ、この子はこうやって笑っているのが似合う。なんだかおかしくなって、俺と乙成は気の抜けた様な間抜けな声で笑い出してしまった。
「あ、そうだ」
ひとしきり笑った後、俺は思い出して自分の鞄をゴソゴソと探った。
「これ、プレゼント。何がいいか分かんなかったから」
そう言って、俺は乙成に蟹のモチーフが付いたキーホルダーを手渡した。
「蟹さんのキーホルダーですね」
「いつも持ってる蟹麿のアクキー、金具が駄目になってるだろ? だから前も落とした訳だし……だからこれに付け直せばって思って……ごめん、正直女の子に何をあげればいいのかさっぱり分かんなくて……」
「嬉しいです! これで毎日まろ様と前田さんとも一緒ですね!!」
乙成は何度もお礼を言った。こう何度もお礼を言われると、不思議と俺も元気になってくる。乙成は自分の都合だなんて言っていたけれど、多分俺だって少なからず乙成に元気づけられて……
「ところで前田さん! 先程言ってくださった、お前のしたい事何でも叶えてやる! って事なんですけど、早速お言葉に甘えて良いですか?! 今回はちょっと趣向を変えて、裏(18禁)夢小説の朗読なんて如何でしょう?! この方の文章本っ当に凄いんですよ!! 例えばこれなんか……」
ん? ちょっと待て、さっきまでのほんわかな空気は何処へ……
「ここです! ほら、どんどんココとろけて来てる……僕だけに可愛い声を……」
「やめろーーーーーーーーー!!!!!」
こうして俺は、なんやかんや言って強引な、オタクゾンビにこれからも振り回され続けるのである。
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