ゾンビとの日常

第25話ゾンビに好かれました

 俺、前田廉太郎。二十四歳独身、素人童貞。


 思えば、俺の人生はいつもパッとしなかった。悪い事も良い事も特にない、本当に普通だ。レースゲームとか格闘ゲームの類で言えば、スタミナ、パワー、特性、重量に至るまで全て普通の、所謂初心者は最初これ使ってろ的なキャラだと思う。パラメータが一点特化型のキャラ達に埋もれて忘れられていく、それが俺だ。



 そんな俺、前田廉太郎の平凡な日常に変化が起きた。


 なんとゾンビに気に入られてしまったのだ。


 いや、正確には「俺の声」がゾンビの耳? 目に止まったのだ。


「前田さん! 昨日の天網恢恢乙女綺譚のアニメ見ました?! 昨日はまろ様大活躍回だったんですよ!」


 そう、俺の隣で昨日のアニメの話を嬉々として語るこの女の子こそ、どういう訳かゾンビになっちゃった女の子、乙成あいりだ。

 ちなみに、何故かゾンビ化している事に気が付いているのは俺だけだ。というか、周りのみんなが鈍感過ぎて気にも留めていないって言うのが正しい。ちょっと貧血気味で顔色が悪いんだな、程度にしか受け止めていない連中ばっかりだ。本当は俺の声を聞いていないと、どんどんゾンビ化が進行してしまう特異体質だというのに。


 そして今日も会社の屋上で、昼休みの合間の恒例行事となった、俺の声を聞かせる会が開催されていた。


「いや、昨日はすぐ寝たから見てない……って乙成、ちょっと近い」


「え?」


 二人並んでベンチに座っているのだけれど、


 近い


 どのくらい近いかと言うと、三人掛けで丁度良いベンチに、ガタイの良い四人目が座ってきたくらいの近さだ。俺達二人しかいないのに……


「そうですか? 普通だと思いますよ?」


「いや絶対に普通じゃない! ちょっと離れて! 恥ずかしい!!」


「???」


 乙成が最近こんなに距離を詰めてくる様になったのは訳がある。


 先日ちょっとした喧嘩? を乙成とした時に、


「俺はお前を見捨てない!!」


 なんて、思い出しても恥ずかしくなる様な事を俺が言ったからだ。その言葉が嬉しかったからなのか、その後ちゃんと仲直りして見事、俺と乙成は「お友達」になったからなのか……何故だかそれ以来、乙成の距離の詰め方は尋常じゃなく、もうひと月この状態でいたら融合でもするんじゃないかと言う程だ。


 どうやら乙成の心の距離もとい物理的な距離は、俺が思っているより何倍も近いらしい。心を開いてくれたのは嬉しい限りだが、なんせ俺は素人童貞。

 こんなべったりとくっつかれる事に慣れている筈がない。


 近付かれて初めて気が付いたが、乙成は良い匂いがする。石鹸の様な清潔感のある香りだ。それが髪の毛から服から全身から香っていて、俺の鼻腔を刺激する。


 てか、なんでゾンビなのに石鹸の香りがするんだ。ゾンビって言えば血生臭さと腐臭漂う、それはもう見た目から臭そうな存在だろ。性別の違いなのか? 多分今、俺の方が臭いわ。


「むうー! 前田さん私のしたい事を叶えるって言ってたじゃないですか!」


 そう言って、乙成は不貞腐れた顔をする。先日まで顔の右半分はそれはもうグッチャグチャだった訳だが、この前の一件以来綺麗さっぱりなくなって、今はクリクリの大きな目が俺の事をしっかりと見ている。


 と言っても、重たい前髪のせいで右目はほとんど見えていないし、肌も相変わらず灰色だ。忘れかけているが、こいつは未だゾンビ。そう、ゾンビなのだ。


「え! これが乙成のしたい事なの!?」


「だって! 友達ならいつだって片時も離れず一緒にいるものでしょう?!」


 それは違う様な……めちゃくちゃ正論を言ってやったとばかりにドヤ顔をしている乙成だが、何か大きく勘違いしている気がする……


「確かに俺は、お前にやりたい事を叶えてやると言った。でも普通の友達はこんなに膝と膝がくっつき合う程近付いたりしない!! これじゃまるで、こここ恋人同士みたいじゃないか!」


 多分今、俺の顔は真っ赤になっている事だろう。見よ、これがプロの童貞の姿よ。


「……」


 乙成はポカンと口を開けて俺を懐疑的な目でこちらを見ている。


「………………」


 脳の処理に時間がかかっているのか、まだ何も発さない。


「………………………………」


 え? 何これ時間止まってんの?


「………………………………………………………………」


 ボンッ

 カァ~////////


「いや反応おっっっっそ!!!!」


「ここここっ恋人だなんてっ……! ななななんて事を言うんですか前田さんのエッチ!!!!!」


「なんで?! うわっ痛い! やめて殴らないで! わかったって! もう言わないから一本拳で殴るのはやめて!!! ぐはぁ……!! 中指……! 中指が目に……!」


 そう、無趣味、無個性、素人童貞で全てにおいて人並み。そんな俺、前田廉太郎は、何故かこのゾンビで鈍感な女の子と「友達」になったのだ。


 

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