ゾンビとついに……?

第113話ブチギレの前田

 俺の名前は前田廉太郎。ただ今絶賛ブチギレ中である。


 その理由は言わずもがな、夕べのホワイトデーで起きただ。

 昨日、俺は一世一代の告白をしたのだ。生まれてこのかた、女の子に告白なんてした事のないこの俺が。拙い言葉に乗せて、一生懸命、誠心誠意を込めて伝えたというのに。


 それが、だ。


 あと一歩の所で、突如舞い込んできた朝霧滝口カップルの誕生というビッグニュースに全て持っていかれてしまったのだ。


 いやさ、確かに俺も気持ちを伝えた後にすぐ、付き合ってって言わなかったよ? あの時は気持ちを言葉にするのに精一杯だったからな。だからってさ、あんまりじゃないかな?


「よおー! 前田ァ! おはよう!」


 俺が朝から悶々とそんな事を考えながら会社に向かっていると、背後から俺の神経を更に逆なでする様に、間の抜けた声が聞こえてきた。


「滝口さん」


 今俺が一番会いたくない人達のうちの一人。滝口雅美28歳。軽薄な男で、仕事もしない。サボる事に関してと、それをバレない様に上手くやる事に限っては右に出る者はいない。遊び好きで、常に飲み会やらキャバクラやらに出向いては、翌日フラフラになって出社してくる様な人間だ。多分貯金もしていない。

 良い所と言えば、見た目だけはなんか爽やかに見える事くらいか。何気に身長も高い。でもそんな長所を上回る程のクズさで、彼女なんて絶対に出来ないタイプと踏んでいた俺の予想を、ホワイトデーのあの日に全て打ち砕いてきた奴だ。


「お前、あれ聞いた? ほら、その……」


「何がっすか?」


 滝口さんが何かを言いたげに俺の方を見る。何を言いたいのかなんとなく想像はつくが、今の俺の虫の居所は最悪。ご機嫌斜めな虫くんに倣って、俺は滝口さんに冷たく返事をした。


「乙成から聞いてるだろ? オレと朝霧さんが付き合ったって」


「ああ〜。確かに聞きましたよ、はい。まぁ、びっくりはしましたね。まさかホワイトデーに付き合うなんて。でも、なんて言うかなー? ちょっとに欠ける? と言うか? なんかいかにもーって感じじゃないっすか? ホワイトデーに付き合うとか」


 自分でもびっくりするくらい辛辣な言葉がスラスラ出てくる。これは俺か? 虫くんが代わりに話しているのだろうか……。


「え……なんかお前、怒ってね? なんで?」


「別に? 滝口さん達の事はおめでたいと思ってますよ? 朝霧さん、5年ぶりの彼氏だとかって聞いてますし? まぁ、正直5年ぶりの相手が滝口さんなのは、ちょーっと不安要素があるというか?」


「前田、お前さ……」


 俺の悪態に、滝口さんの表情が曇る。流石に言い過ぎたか? しかし、一度口をついて飛び出した言葉は引っ込みがつかないのだ。それもこれも全部虫くんのせいだ。そんな俺の心の葛藤を汲み取ったのか、滝口さんは神妙な面持ちで立ち止まってしまった。


「お前まさか、オレに惚れてた?」


「………………………………は?」


「いやだっておかしいじゃん! 彼女が出来たら急に冷たくなるとか! てっきり喜んでくれるかと思ったのに! ごめんなあ、前田! 今のオレには、お前を受け止める事は出来ない! 根本的に、野郎には興味ないんだ!」


「俺、先に行ってますね」


 その後も、何を勘違いしたのか滝口さんは何度も俺に謝罪をしてきて、いかに俺達は結ばれない運命なのかを真面目に説明してきた。そのせいで社内の一部の女性達に、俺と滝口さんが付き合っていると誤解された。多分あの人達は、今まで話した事もない俺達の噂を部署内の女性陣に言いふらすだろう。マジで勘弁してくれ。



「あー! 滝口さんっ! おはようございます!」


 会社に着いて、いつもの様に執務室まで向かっていると、俺達を見つけた乙成が興奮して駆け寄ってきた。


「お、乙成じゃん。おはようー」


「聞きましたよ朝霧さんから!! おめでとうございます! 職場恋愛なんて、すっごいすっごい素敵です!」


「前田、俺が欲しかったのはこういう反応なんだよ! お前ももっとオレの幸せを喜べ!」


「いや……」


 俺の事なんか目もくれず、乙成は自分の事の様に喜びながら滝口さんに祝福を送っている。てか、俺にも朝の挨拶くらいしてくれてもよくね? 普通にショックなんだが。


「私もう、本っ当に嬉しくって! お二人の馴れ初め、ぜひ聞きたいです!!」


「ハハ! いくらでも聞かせてやるさ乙成! 前田、お前も聞きたいか? さっきからブスくれてるけど?」


 分かりやすく上機嫌で調子に乗ってる滝口さん。人の気も知らないで滝口さん達の馴れ初めを聞きたがる乙成……。そしてブスくれている俺。乙成は、俺の一世一代の告白を忘れてしまったのだろうか……そうだったらマジでショックなんだけど。


「まぁ前田が聞きたがらなくても? 夕べの出来事らお前達二人にはちゃあんと説明してやっから! なんてったって、歴史に刻まれる程のドラマティックな……」


 その時、廊下の真ん中で周りもびっくりの大声で話す滝口さんが、階段を登ってくる人影を見つけて急に固まった。


「あ……」


 そこに来たのは朝霧さん。ファッション雑誌の1週間のシチュエーション別コーディネートの一幕の様に、片手に何かの書類、もう片方の手にはコーヒーを持っている。キメッキメのOLファッションに長い髪の毛を綺麗にまとめている姿はさしずめ、


 "今日は大事なクライアントとのミーティング。後輩彼くんに良いとこ見せなくちゃっ!"


 と言った所か。謎のコメントと共に不自然なポーズを決めて写るモデルの様な出で立ちだ。


「あ……朝霧さん……」


「お、おはよう滝口……」


 なんとも歯切れの悪い朝の挨拶を交わす二人。心なしか二人とも、顔が赤くてモジモジしている様だ。


「みんなも、おはよう」


「あ、おはようございます朝霧さん」


「おはようございます!」


 俺と乙成にも挨拶をすると、朝霧さんは足早に執務室の中へ入って行った。え、何この変な空気。


「お二人ったら照れちゃって〜!!! 付き合いたてのカップルのいじらしい感じ、出てましたよ! たまりませんっっ」


 そう言って、滝口さんの背中をバンバン叩く乙成。テンションが上がり過ぎて別人の様だ。そんなに身内が付き合った事が嬉しいのか?



 その後も、目が合う度に二人して顔を真っ赤にしながら視線を逸らす二人を、横でニヤニヤしながら眺める乙成を見ている内に午前の仕事が終わった。

 時折、乙成が何かを朝霧さんに伝え、朝霧さんが真っ赤になって……みたいな、よくある女子のキャッキャした雰囲気を全面に押し出すもんだから、事情を知らない北見部長が


「なんや? あの二人。前田なんか知っとるか?」


 みたいな感じで何度か確認が入った。隣で滝口さんも口元が緩んでるし……お前らここは職場だぞ? ちゃんが仕事しろよな!!!! 備品発注画面を見ながら俺は、こんな感じで午前中イライラしっぱなしだった。あ、ティッシュ発注しとこ。


 この終始浮かれきった雰囲気に、若干の危機感を感じながらも、俺はいつもの追い出し部屋へと向かった。今日は滝口さんも一緒だ。お昼に惚気話を聞かせてくれと、乙成が頼んだからである。



「へぇー! 二人でバーに……なんか大人な感じがして素敵です……!」


 弁当をつつきながら、滝口さん達カップルの馴れ初めを聞かされる俺達。この状況に辟易しているのは俺だけで、乙成も滝口さんも楽しそうだ。くそが……。


「でも良かったです。お二人が仲直りして、こうしてお付き合いをスタートさせたなんて! 一時は本当に険悪でしたもんね?」


「まぁ確かにな……まさかオレも、朝霧さんとこうやって元通り以上の関係になれるなんて、思ってもみなかったぜ」


 確かに二人は、この数ヶ月色々あった。騙したり騙されたり……ラリアットからのアックスボンバーだったり……。俺達以上に、中身の濃いゴタゴタを経験してのこれだ。確かに浮かれてしまうのも無理ないのか。


「これで滝口さんも夜遊びをやめて、朝霧さん一筋になったわけですねっ」


「ん? 何? 夜遊びをやめる? 誰が?」


 乙成の言葉に、滝口さんが理由が分からないといった様子で首をかしげる。この様子は、彼女が出来ても生活スタイルを改める気のない人の反応だ。当然、その態度に敏感に反応する乙成。弁当を置いて、腰に手をあてながら勢いよく立ち上がった。


「滝口さん!? まさか朝霧さんという人がありながら、まだキャバクラやガールズバーに行こうなんて考えてはいないですよね?!」


「え、ダメ……?」


「当然です!!!!! そんなの不貞ですよ! 今日限り、とは縁を切ってください!」




 

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