第19話乙成の誕生日 その4
「乙成ちゃん、今日はほんとぉにありがとう〜めちぁくちやぁ楽しかっらぁよ」
「朝霧さん凄い酔ってる……! だ、大丈夫ですか?」
時刻は夕方に差し掛かり、そろそろお開きにしようかという頃、朝霧さんの酔いも最高潮に達していた。別れを惜しむかの様に乙成に抱き着くと、乙成の髪の毛をくしゃくしゃにし、そのまま押し倒す形でリビングの床に崩れ落ちた。
「もー何やってんすか! ほら起きて!」
「滝口触るな〜お前らんかにかいほうされたくにゃい……」
「こりゃかなりヤバいな……前田、オレこの人送って行くから先帰るわ。二人っきりになったからって変なコトすんじゃねぇぞ!!!」
「は?! ななな何言ってんすか?!」
俺が反応するより先に、滝口さんは慣れた手つきで朝霧さんを引っ張り起こすと、肩を組む形で乙成の部屋を後にした。
バタンと扉が閉まり、部屋には俺と乙成の二人だけが残された。今日はここに来てから、まだ殆ど口を聞いていない。随分長く感じる沈黙の後、乙成が口を開いた。
「……行っちゃいましたね」
「あぁ……」
乙成も俺の変な態度に気が付いているのだろうか? 今日は殆ど絡んで来なかったし、今も言葉少なめで遠慮している様だ。ここに来て俺も、先日の出来事が頭の中をグルグルと巡っていて、次になんて声をかけていいのか分からなくなった。
「あ! そうだった!」
急に何かを思い立ったかの様に乙成が立ち上がると、パタパタとリビングを飛び出して行った。
「これ! やっと完成したんですよ!!」
リビングに戻って来るなり乙成が嬉しそうに手に持っていたのは、以前蟹麿の誕生日に向けて制作中だと言っていた
「完成したら一番に前田さんにお渡しするって言っていたから! どうです? とっても可愛いでしょう?」
嬉々として語る乙成の目を、俺は何故か直視出来なかった。本来なら喜んでやるのが正しいのだと思うが、どうしてかそれが出来ない。
本当はもっと聞かないといけない事があるんじゃないのか?
「? 前田さん? どうしました?」
「……なぁ乙成、お前はなんで転生なんかしようとしたんだ?」
「え……」
心配そうに俺の顔を覗き込んでいた乙成の表情が曇る。ぬいまろを持つ手に僅かだが力がこもると、乙成はギュッと下唇を噛んで俯いてしまった。
食い散らかされた食事と空いた酒の缶が散乱するリビングで、俺達は随分長い間沈黙していたと思う。依然俯いたまま動かない乙成に業を煮やした俺は、少し詰め寄る形で質問を続けた。
「言ってくれよ、なんでそんな事したんだよ?」
「……なんでそんな事を聞くんですか?」
「なんでって……成り行きとはいえこんな関係性になったわけだし、気になるって言うか……」
「じゃあ、今までみたいにただの会社の同僚として、会社で顔を合わせるだけの間柄だったら?」
「え?」
俺を見る乙成の目は本気だった。俺の目を真っ直ぐ見たまま、何処か悲しそうな顔をしている。
「前田さんにとっては大した事のない話かもしれないですけど、私にとっては重要な事だったんです! 好奇心で面白がって聞かれる様な、そんな気軽にお答え出来る話じゃないんです!」
「え! 違うよ乙成! 俺は面白がってなんか……」
「出てってください!」
「乙成、ちゃんと話を……」
「出て行って!!!」
俺の方を見る事もなく、乙成は大きな声で俺に言い放った。勘違いを訂正する暇も与えず、乙成は目に薄っすら涙を浮かべて、散らかった食事をまるで機械の様に粛々と片付け出した。
これ以上話が出来る状態ではないかと思った俺は、乙成の家を出る事にした。去り際に一言、乙成に帰ると伝えても、乙成はこちらを見る事もなく、その小さな背中を震わせながら荒っぽく皿を洗っていた。
パタン――。
最後に見えた景色は一人ぼっちの乙成と、テーブルに置かれた可愛い蟹麿のぬいぐるみだった。
俺は、楽しかった余韻の残る淋しい部屋に、乙成を一人残して出て行ってしまった。
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