第91話最近よく裸でいるな、お前

 一夜明け、俺はいつも通り会社に出社した。今日は会社終わりにリンの所に行かないといけない。その理由はずばり、乙成から貰ったチョコを奪還する為だ。


 昨日はあまり眠れなかった。いや、昼寝をしたからだけではない。こんな事をしている間に、リンの奴がチョコを何処かへやってしまうのではないかと不安になってしまったからだ。昨日の晩のうちに5回程リンに連絡してチョコの無事を確かめた。5回目にしてリンにブチギレられたけれど、そんな事は些細な事だ。久しぶりに聞いたな、リンのドスの効いた声。隣に女の子がいたなら、本当に申し訳ない事をした。ごめんね、誰だか知らないけど。


「前田さん!!!!」



 会社のエントランスで、急に背後から大声で声をかけられた。ビクッとして振り返ると、このチョコ騒動の発端、俺に人生初のバレンタインチョコを送った乙成が立っていた。


「あ、お、おはよう……」


 チョコを失くした事が気がかりで、ぎこちない挨拶をしてしまった。乙成もなんだかソワソワしながら俺の目の前まで近付いてくる。


「あの……もうチョコ開けちゃいました……?」


 やはり聞いてきたか。なんて答えよう……? 昨日食べるって言っちゃったしな……。


「え……と……あ、うん! 食べたよ!! 美味しかった!!」


「本当ですか?! じゃああのメッセージも……?」


「えーあーうんうん! 読んだ読んだ! ありがとう! 乙成の気持ちがこもってて、嬉しかった!」


「気持ち、ですか。えっと、それなら良かったです!」



 ふぃー。なんとか切り抜けたぞ。てか、なんでもう食べたなんて嘘ついたんだ? 素直に今晩食べるって言えば良かったのに。どうせリンの家から回収したら、すぐに開けて中身を確認するのに。



 俺の嘘を見抜いたのだろうか? 乙成はなんだか微妙な顔をしている気がする。いや、それも俺の後ろめたさからくる物だと思う。待ってろ乙成。俺は必ずお前のチョコを奪い返してくるからな!


 それから俺は、チョコの話をぶり返してくる乙成を上手い感じに躱しながら、なんとか今日の業務を終えた。今日は割と仕事したな、電話3本取った。


「あの、前田さん……」


「ごめん乙成! 今日ちょっと用事があってすぐに帰らないとなんだ!」


「あ……そうですか……」


 ちょっとシュンとする乙成に、申し訳なさを感じないといえば嘘になる。でもな、乙成。俺はお前の為に走らないといけないんだよ! お前のチョコを取り戻す為にな!!!



 俺は急いで帰り支度を済ますと、早足で会社を出た。滝口さんがまたしょーもない事を言って俺を引き留めようとしてきたが、今はそんな事に構っている暇はない。会社を出るなり走って駅まで向かう。運動とか全然してないからすぐに足がパンパンになって走る事を諦めたが、なんとか事前に調べておいた電車に乗る事が出来た。



 ******



 なんとかリンのアパートまで辿り着く事が出来た。こっちに来てから初めて訪れるリンの家。ちょっとだけ俺の家より広い事が外観からして分かる。俺が毎日あくせく働いて、1kのクソせまアパートに住んでいるというのに、リンは大学生の分際でちょっと良い所に住んでいやがる。何故かちょっとだけダメージを負いながらも、俺はリンの部屋のインターホンを鳴らした。



 ピンポーン



 ……………………




 ガチャ



 しばらく中でなにやらドタドタする音が聞こえたかと思うと、玄関の扉が勢いよく開き、中からめちゃくちゃ知ってる顔が現れた。


「あれー? レンレンじゃん。リンちゃんとデート?」


「まいにゃん! え、って何? え、まさか……」


「兄貴ごめーん! まいにゃんがいる事言ってなかったね!」


 俺がびっくりして固まっていると、部屋の奥からリンがボクサーパンツ一枚で出てきた。ガールズバーの人気キャストで、滝口さんのお気に入りのまいにゃんと、俺の弟で最近まで純粋に恋をしていたリン。よく考えなくてもこの状況がもうそれである事と表している。生々しい弟の姿を見て、俺はちょっと気分が悪くなった。



「じゃーねーリンちゃん、また学校で〜」


 まいにゃんはいつも通り、ちょっと気だるそうに肩を揉みながら帰って行った。これからガールズバーに出勤するのだろうか……何故だかちょっと複雑な気持ちになった。


 リンはというと、いつもの女の子っぽさは微塵もなく、ボクサーパンツ一枚のほぼ裸で玄関の壁に寄りかかってまいにゃんに手を振っていた。本当に、いつからそんな子になっちゃったの?



「さ、どうぞ入って!」


「なんか……ちょっと入りたくないんだけど……」


「兄貴ってば気にし過ぎ! 別に今まで色々シテたわけじゃないよ! まいにゃんだって、ちゃんと服着てたでしょ?」


「お前は着てないけどな」



 これ以上考えると頭が痛くなりそうだったので、俺はもう気にしない事にした。部屋に入ると甘ったるい女性物の香水の匂いがしたが、気にしない。数時間前に、この部屋で何があったのかも、俺には関係ないんだ。


「で? 何があったの?」


 俺を部屋に招き入れて、そこら辺に転がっていた服を着だすリン。思いのほか物が無くてシンプルな部屋だ。普段の服装が派手だから、てっきり部屋のインテリアも女性的で派手な感じにしているのかと思っていたが。


「昨日お前が帰った時に、俺が乙成から貰ったチョコまで持って帰っちゃったんだよ! お陰で乙成に嘘までつかなきゃいけなくなるし!」


「そうだったんだ、ごめんね兄貴! でもあいりんに嘘付いたのは俺のせいじゃないけどね」


「ぐ……」


 正論をさらりと言われ、俺は何も言い返せなくなってしまった。それはマジでそうだわ。完全に八つ当たりである。


「ごめん……八つ当たりした」


「いいって! そんで? この中のどれなの? あいりんからのチョコ」


 リビングの床に広げられたチョコ達。その殆どがピンクで可愛らしい包み紙で包まれている程よい大きさの箱だ。



 俺は広げられたチョコ達をジッと見つめる。どれか……この中のどれかが、乙成からのチョコなんだ。






 


「……わからん」


「え」



「どれが乙成から貰ったチョコなのか、分からなくなった……」



 

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