アンデッドな彼女〜転生崩れの同僚がゾンビになって出社してきた〜
佐和己絵千
ゾンビとの遭遇
第1話アンデッドは突然に
秋だ。そして同僚がゾンビになっていた。
この年の秋は例年にも増して紅葉を感じる間もなく、早くも底冷えのする冬に差し掛かっていた。
俺、こと前田廉太郎、二十四歳独身は、ここ数年でほんの少し下火になっては来ている新型のアレに罹って二週間会社を休んだ。ピークを過ぎてからの罹患により、上司である北見部長から電話口でチクチクと攻撃を受ける羽目になったが、なってしまったものは仕方がない。俺は入社以来初めてと言っていいほど、長いまとまった休みを取る事が出来た。
「あれ? 髪伸びたかな? ってか、二週間も休んだらもう仕事しなくないなぁ〜絶対北見部長に絡まれるだろうし……」
そう、ほんの数分前まで俺はこんな感じで、二週間の休みで伸びてきた重い前髪の毛先を触りながら、よく居るサラリーマンの典型の様な独り言を呟いて、自分の働いている部署の執務室の扉を開けた。
広告代理店の下請けでイベントの企画、運営等を手掛けるニノマエ企画。会社のキャッチコピーは、
『ニのまえは"一"私達が一番です!』
このなんとも言えないセンスのキャッチコピーを、入社式の際、取締役の
部署の人数は七名程。キラキラの陽キャばかりが集う営業課と比べれば、こちらは静かなものだ。
そしてそんな静かな場所で、分かりきった仕事をいつもの様にこなそうと扉を開けた瞬間、目に入って来たのが、同僚である
ゾ、ゾンビがいる……!
なんとも突飛なリアクションだが、今の俺にはこれ以上の感想が浮かばなかった。現実的に有り得ない状況に戸惑いを隠せない。
ハロウィンの時期でもないし、第一、一人で仮装して仕事してるなんて常識的に考えて変だ。
てか、なんで自我を保っているのかも不思議だ。映画とかのゾンビは、人の姿をかろうじて残した、自我のない化け物だ。血肉を欲して彷徨い歩き、その腐敗した両手を前に突き出しながら襲ってくる。噛まれたら最後、自身もゾンビになってしまうってのが、よくあるゾンビ物のテンプレだ。
なのに、あそこにいるのはゾンビの見た目をした普通の人だ。いや、普通ではないが、俺の知っているゾンビと比べると普通の人間に近い。
同僚の乙成と言えば、いつも部署の一番端の席で一言も発する事なく黙々と仕事をこなしている女性だ。
一応、俺と同期だったから、勝手に同い年だと思っている。仕事以外で話した事はほぼなく、顔の殆どを覆い隠す程の長い黒髪は、地味というより不気味だ。巷のファッション感度の高い女性が持て囃される昨今の風潮とは大きく外れた人生を歩んでいる人物なのだろうと、俺は勝手に思っている。
そんな乙成が、だ。
不気味さは以前より拍車はかかっているが、髪の毛には枝が刺さり、いつも着ている事務員の制服はボロボロ。肌の透けない真っ黒なタイツは所々伝線しているし、そしてなにより顔色がめちゃくちゃ悪い。
どう考えてもおかしな状況なのに、何故か他の部署の人達までも普通にしている。
「よぉ、前田ァー! ついにアレから復帰かぁ!」
突然後ろから、勢いよくタックルされた。心臓が飛び出そうなくらい一瞬ヒュンとなって振り向くと、そこには同僚で四つ上の先輩、滝口さんが立っていた。入社以来、俺はこの滝口雅美という男から妙に気に入られている。どのくらいかと言うと、
「前田お前今度時間ある? 快復祝いだ! 奢ってやるから風俗行こうぜ」
この様に、何かにつけて俺を夜のお店やソッチ系の店に誘う。滝口さんなりの優しさであり、思いやりである。
「いや、いいっす……またぶり返したらやだし……」
「つれねぇなぁ! そんなんだからいつまでも素人童貞なんだよ!」
滝口さんは大口を開けてガハハと笑った。黙っていればそれなりに格好良いと言われる事もあるのに、口を開けば下世話な事ばかり口にするものだから一向にモテた試しがない。現に今も、彼が口を開いた途端に、同じ階にある総務課の女性達が数人、怪訝そうな顔でこちらを睨んでいる。
「それマジでセクハラっすよ……ってか、滝口さんあれ気が付きました?」
「は? 何が?」
俺は自分の席につくなり乙成に聞こえない様に小声で滝口さんに質問した。それにつられて滝口さんもとりあえず小声で返答したが、まだ彼は何の事か分かっていない。微妙に察しが悪いのも、この男がモテない理由の一つだと思っている。
「いや、あれっすよ……ほら、向かいの席の乙成の事。見た目、おかしくないっすか?」
「え?」
そう言うと、滝口さんは席で黙々と事務作業をしている乙成に目をやった。乙成は、こちらがコソコソ話をしているのを気にも止めずに、軽快にキーボードを叩きながらパソコンに向かっている。
「何も、いつも通りじゃね?」
「はぁっ?!」
思わず大きな声を出してしまった。あの見た目の乙成を持ってしても何も変わっていないと言い切るなんて信じられない。
ずっと思っていたけれど、滝口さんってアホなんじゃないか?
「いやいや、明らかにおかしいじゃないですか。乙成ってあんな感じじゃなかったじゃないっすか」
「いやいや、元からあんなだって! ほら、あの子暗いし」
「ちょっとそこ! うるさいわよ」
俺達の話し声より数倍は大きな声でピシャリと注意してきたのは、この部署の主任である
ちなみに滝口さんとは犬猿の仲だ。以前何かあったらしく、滝口さんにだけ特に風当たりが強いのだが、当の本人は何があったか覚えていないらしい。
よく分からないが滝口さんの事だ、なんかとてつもなく失礼な事を言ったのだろう。
「朝霧主任! おはようございます。長くお休み頂いてご迷惑かけました」
「仕方ないわよ、みんななりたくてなる訳じゃないし。まぁ、でもそこのバカな茶髪男みたいに? 夜な夜な遊び回っていたりしていたら、もーっと悪い病気をうつされたりするかもしれないから、気をつけるのね?」
ご機嫌伺いに行ったつもりだったが、今日の朝霧さんはいつにも増して機嫌が悪い様だ。バカな茶髪男呼ばわりされた滝口さんは、何でオレばっかりとムクレている様子だったが、直ぐに気を取り直してスマホをいじり始めている。鶏の様に、三歩歩いたら何もかも忘れてしまうのだろう。
俺は朝霧さんにも気になっている乙成について質問をしてみる事にした。朝霧さんは乙成とも隣の席だ。いくら何でも滝口さんとは違い、乙成の変化に気が付いている筈だ。
「朝霧主任、乙成どう思います?」
またしても、小声で乙成に聞こえない様に気を配りながら尋ねた。それを聞いた朝霧さんは、数秒乙成の事をまじまじと見つめると、
「いつもの乙成ちゃんよ?」
と、まるで何も疑問に思う事なく俺の問いに、さも当然かの様に返してみせた。
いよいよこの会社の連中はおかしくなったか。
滝口さんとは違い、唯一まともだと思っていた朝霧さんまでもが、乙成の変化に気付いていない。これは由々しき事態だ。
乙成はいつもと同じ
という言葉が、俺の頭の中で何度もリフレインしていた。
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